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体験談  「ラジオ英会話」、TIME 誌とテレビの二カ国語放送で貧乏独学  
c.h.r.の場合
PERSONAL DATA
LEVELHISTORYLEARNING PERIOD
英語検定1級程度。
英文でのビジネス文書、企画書などが作成できる。
英語でのビジネス会議などで発言するのに困らない。
映画、ドラマが英語だけで楽しめる。

※英検やTOEICは実際の英語でのコミュニケーションや仕事において特に必要性を感じなかったのと、多忙な毎日で余裕がなかったため社会に出てからは受験したことがありません。
英語は中学校からスタート、現在に至る。
授業以外は特に会話学校などには通わず、もっぱら独学。
高校、大学はESSに所属。
卒業後は広告の英文ライティングに携わり、現在に至る。
勉強歴は、約30年間


どこにでもあるスタート
みなさん、こんにちは。c.h.r.です。英語との本格的な出会いはごく普通で、中学生のときでした。 ちなみにわたしの生まれ育ったところは九州の片田舎で、電車もなければ、本屋もない。スーパーもなければ電気屋もない。1時間に一本しか来ないバスに乗って外を見渡せば、山、山、川、山で、もちろん会話学校なんてものがないのは言うまでもありません。当然、外国人の姿なぞいまだかって見たこともない。学校を卒業しても就職先は「農協」「町役場」「教師」だけ。そんな「ど田舎」にあって、それでも持ちつづけた「英語をマスターしたい」という目標でした。

先生は「ラジオ英会話」
中学2年の秋、家から片道3時間かけて受験しに行った英語検定4級では、初めて耳にするヒアリングがさっぱりわからず、かなりショック。これではいけないと思い、「ラジオ英会話」を聞くことにしました。さっそく、何キロも離れた本屋からテキストを毎月郵送してもらうことに。さて、ラジオですが、家業に失敗して苦しい状態にあった我が家では必需品以外は買わないという状況。仕方ないので、物置部屋に捨て置かれていた、両親が結婚記念に買った古い大きなラジオのお世話になることにしました。

「発音」できれば「聞き」とれる
当然カセットレコーダーのようなものもなく、ラジオの放送が一発勝負です。それこそ「耳をかっぽじく思いで」必死で聞きました。テキストには抑揚やスピード、リズムなどの記号(自分だけにわかるような)を書き込み、ゲストのネイティブスピーカーとまったく同じように真似できるまで練習です。たとえば "I see."   "I would like to see it." も同じ長さで読まなければならないとおっしゃる講師の言葉。ということは、この  "would like to see" を英語のリズムに乗って「ダダ、ダー、ダダ」と早く読まなければならない。何度やってもなかなかできない、あー舌がもつれそう… 自転車での通学途中もブツブツと練習を重ね、とうとう言えるようになったときのうれしさ。もう手を打って喜びました。中学3年の春に受験した英語検定3級のヒアリングはまさに一字一句聞き取れるほど。わずか3ヶ月の成果でした。

先生は交換留学生
その後も「ラジオ英会話」のお世話になる一方で、教育テレビの「高校英語通信講座」などを見ながら独学を続け(見たい時代劇を黙って我慢してくれた父には感謝!)、中学3年の秋には英語検定2級に合格することができました。そして始まった高校時代。担任の先生が薦めてくれた「アメリカへの交換留学」でしたが、これも経済的な理由で断念(残念!)。でも代わりにアメリカからやってきた留学生、なぜかわたしのクラスに配属されることになり、席はわたしの真後ろ、担任からは慣れるまでめんどうみてやってくれとのことでした。それからは彼女が先生(といっても勝手に真似したわけですが)、口語的な言い回しやラジオだけではどうしてもあいまいだった発音の仕方など、彼女を通して習得したものはかなりあったと思います。

実用英語のカベ
高校卒業後、生まれ故郷を離れ、大阪へ。ある外国語大学のスペイン語学科に入学。大学卒業後はとある広告制作会社に入社、英文コピーライティングを担当することになりました。さすがに社会で通用する実用英語のカベは厚く、学生時代の日常会話や英作文のレベルでは全く歯が立たないことを痛感。しかも入社2年めで大きな組織異動があり、実質一人で英文ライティングを担当しなければならなくなったのです。徹夜して仕上げた原稿も得意先からは「英語が稚拙」「キャッチフレーズにインパクトがない」「創造性がない」などと「お叱り」ばかり。泣きつける先輩もいない。特に広告関連の英語(コミュニケーションの英語)は読ませる工夫が不可欠。わかりやすく、おもしろく、韻を踏んだり、しゃれてみたり… つまり、普通の文章ではOKが出ないのです。

先生は TIME 誌
またしても「これではあかん」と思い、 TIME 誌を購読することに決めました。スラスラ読めるとは期待していなかったものの、わからない単語、理解できない内容やニュアンス、と山は高く、毎週増えていくバックナンバーも山のごとく高く積まれていく…。そこで考えたのが、まずヘッドライン(タイトル)だけを読む、次に興味のありそうな記事だけを読むことから始めました。タイトルは「メッセージの凝縮」であり、特に TIME 誌の場合は語呂合せやパロディーなど読ませる工夫がされています。また、いろいろな単語の組み合わせや表現法などライティングの「ヒントの宝庫」です。語彙も増え、語感も鍛えられ、現在でも購読を続けていますが、いまやわたしにとって重要な情報ソースのひとつになっています。

先生はアメリカ人ライター
英文ライティングの仕事はネイティブのライターとの協力体制で進めらます。まずこちらが日本語→英語に訳してネイティブにリライトしてもらう、または口頭で説明してネイティブにライティングしてもらう、など時と場合で使い分けます。仕上がりの善し悪しはすべてこちらの日本語から英語へのアウトプットにかかってきます。それとなくやったのでは、何が言いたいのか伝わりません。日本語はあいまいな表現をする言語ですから、こちらもわかったつもりで説明しようとするのですが、「だから結局何が言いたい?」「それは何故?」と聞かれると答えに困ってしまう。結局ひとことで答えられないというのは本質的にわかっていないんだと反省、明確にポイントを伝える表現を心がけました。最初はすべて書き直されていたわたしの翻訳文も次第に冠詞や前置詞などの細かい部分だけになり、「良く出来てるよ」と言ってもらえるようになりました。

先生は二カ国語放送
それでも海外生活の経験のないわたしにとってやはり「聞き取り」は悩みの種。とくに長い文章になってくると捕えきれない。自分は耳が悪いのか、と悩んだことも…。そこで、また「これではあかん」と思い、テレビの二カ国語放送を活用することにしましたが、安月給のわたしには当時の音声多重のテレビはぜいたく品。会社の先輩にテレビの音声だけがとれる「アダプター」を5千円で譲ってもらい、テレビ本体の音を消して、アダプターのアンテナを調節しながら、毎夜深夜に放送されるアメリカの古いドラマを見ることにしたわけです。「どうしてこんなに理解できない?」ドラマが終わっても結局、犯人はなぜ犯罪を犯したのかわからないままフラストレーションとともに就寝。それでも次の日にはドラマを見る、という日々が続きました。そんななかであの「スタートレック」との出会い。宇宙ものでありながら、いろんなテーマを扱っているこのシリーズは語彙や抽象的な言葉のニュアンスを習得するにはもってこい、だんだん聞き取れるようになり、楽しんで見れるようになっていったのです。

「読む」「聞く」「話す」「書く」の関係
こういったコツコツした努力を重ねていくうちにある日「光」が…。まさに、ある日突然、ふと気づけば、いままで「しどろもどろ」だった関係代名詞などをふんだんに入れた長いセンテンスがスムーズに話せるようになっていました。まるで言葉のカベがひとつとれたかのように。まさに奇跡のようでした。同時にそういったセンテンスが聞き取れるようになっており、スムーズに書けるようにもなり、「読む」「聞く」「話す」「書く」の4つの局面は切っても切れない密接な関係にあることを発見。一念発起して TIME 誌を購読し始めてから3〜4年ほど経ってからのことだったと思います。その後も少しずつ段階を踏んで、上達していくのが感じられました。もちろん語学の習得に「終わり」や「完成」はありません。語学は「コツコツ」、これしかありません。これからもあせらず、あきらめず、「コツコツ」と努力を続けていくつもりですが、忘れてならないのは、「謙虚さ」と「心を広く持つこと」です。自分で努力したとはいえ、それに協力してくれた人たちがいるということ、常に自分より上手な人がたくさんいるということを忘れずに地道に続けていこうと思っています。みなさんも頑張ってください。