英語は日本でマスターできる
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外国人と知り合いになる (1)



西洋人への憧れ心理

英語圏の知り合いがいて、話をする機会が多ければ英語が上達する、これは当然のことです。中国語なら中国人の知り合い、フランス語ならフランス人の というふうに、その言語を母国語としている人と知り合いになったり、友だちになることで上達するのは確実です。「話す」、「聞く」のアウトプットとインプットが同時にできるわけですから、これ以上の良い機会はありません。

筆者もこれまで英語圏の人たちに大きく助けられた部分があります。いろんなことについて話し合ったり、議論したり(英語でやるのでたいていは負けていましたが)、誤解したり、腹を立てたり、いろいろ経験させてもらいました。そのなかで英語のスキルを向上させることができたのも事実です。

そうか、やっぱり外国人と友だちになるのが英語上達への道か!よし、さっそく外国人の多そうなスポットを狙って英語圏の外国人をゲット!というのではありません。これでは、まるで英語圏の人は英語学習の道具のようになってしまいます。相手も人間ですし、自分自身の生活というものがあります。日本人の英語の練習台になるために日本に来ているのではありません。当たり前のことですが、かっては英語の勉強のために外国人に話しかけようといった風潮もあり、いつでもどこでもヘタな英語で日本人に話しかけられて迷惑ですという英語圏の人の声もあったようです。

また、英語圏らしい人が駅や道などで困っていたりすると、英語の勉強になるということからか積極的に助けようとするのに、それ以外の国の人とおぼしき外国人が困っていても知らん顔、とにかく西洋人じゃないと、といった傾向もあるようです。最近は白人だけでなくいろんな人種の外国人のボーイフレンド(ガールフレンド)と腕を組んで歩いている光景も見かけるようになりましたが、やはり、白人の人は見た目の美しさから「お友だちになりた〜い」とか「彼(彼女)にしたい」といった深層心理が日本人にはあるようです。

確かに、典型的な白人の人たちの金髪とか青い目は視覚的にはインパクトがあります。日本人は髪も目も黒が基本ですから、ああいった明るい色には惹かれるものがあるのかもしれません。(実際、最近では黒髪のままという日本人のほうがめずらしく、白髪が多くて というのは別にして、特に必要もないのに金髪などに染めている人も多くなりました。)日本で生まれ、日本人だけの環境で育った人ならその傾向はなおさらだと思います。色彩的に華やかであり、華やかなもの、明るい色彩には基本的に引き付けられるのは当然のことでしょう。筆者も昔、仕事上のパートナーだった、きれいなプラチナブロンドと透けるような青い目をしたアメリカ人(男性)と初めて会ったときは正直見とれてしまいました。まわりの同僚も「きれいな外人さん」などと言って感心していました。

西洋人男性の中にはそれを知ってか、自分たちはかっこいいから日本人の女性にモテるなどと自信を持っている輩もいるようです。しかし、いずれにしろ、そういったものは表面的な要素なので少し付き合えばわかってしまうのかもしれません。そういいながら本命の彼女がいないと寂しがっている(?)男性がいるのも事実です。

いや、自分はそんなものには騙されない!という人はそれでいいのですが、どうも日本人には根底に西洋人(白人)は外見的に美しいということから惹かれたり、必要以上に緊張したりする心理があるようです。むしろ、そういった自分の弱点(?)を素直に認めたうえでどう接するべきか、どう付き合っていくかなどを考えていく必要があると思うのです。

英語を勉強していればなおのこと、西洋人のお友だち(知り合い)が欲しいというのは、素直な心理だと思います。しかし、今後、国際社会で生きていくうえで、西洋人に会うたびにドキドキしていたのでは話になりませんので、当然、克服していく必要があります。克服するにはまず、そういった心理を認めることが大事です。認めるということは、その気持ちを素直に外に出して、「お友だちになりたい」オーラを発して、熱い視線を送るというのではありません。西洋人にもいろんな人がいます。良い人、悪い人、それは日本人でも同じです。そういった熱い視線を送っていると、相手もしっかりキャッチしてくるということです。

「憧れ」的な心理が強く働くとどうしても冷静になれないものがあります。その結果、悪い人に引っかかって騙されたり、利用されたりすることもあるのです。日本人は世界中でいちばん騙しやすい、お人好しのカモといった意見もあります。日本人の中だけで生まれ育った日本人は、島国で歴史的にも侵略されたという経験がないため、自分たちと異なったものに対してなかなか慣れないものがあり、どう対処していいかわからない、憧れが高じて相手の本質が見抜けなくなるといったことも十分認識しておいたほうがよいと思います。

筆者の生まれ育った土地などは、それこそ「ど田舎」と言ってもいいような場所で、そんななかに西洋人などがやってきたとすれば町全体のビッグニュースになります。ものめずらしさから、すれ違えばジロジロ見たり、なんだかんだと理由をつけては次から次へと見に来る人がいたりして、まさに典型的な田舎のなかの田舎です。関西に出てきて西洋人の姿を見かけることも多くなりましたが、やはり、最初はあの青い目で見つめられるとドキドキ、おどおどしたものです。

特に日本人は相手の目をしっかり見て話をするという習慣がありませんから、仕事などで話をする場合にも、「あ、またあの青い目で見据えながら Why? とか聞いてくるぞ」といった緊張感がありましたが、経験を重ねれば慣れてくるもので、こちらからも「ぐっ」と相手の目を見据えて話をします。動物といっしょにしては申し訳ないのですが、じっと目でにらみ合いながらそらしたほうが負けという感覚でやっています(もちろん、程度モノで、あまり見つめすぎると誤解されたりするかもしれません)。

「アイコンタクト」に慣れるためには、普段、日本人と話すときもしっかり相手の目を見て話すという訓練をしておくといいかもしれません。と言ってもずっと相手の目から視線を離さないというのではありません。考えるときは視線があればやはり集中できませんので、横を向いたり、相手の首から肩の辺りに視線を移したりしながら、自分の意見を述べるときは要所要所でしっかり相手の目を見据えます。日本でもビジネスの世界ではそうです。相手の目を見て話さないというのは、よほど自信がないか、やましいことがあると取られてしまいます。

こちらが相手の目を見ると相手もこちらの目を見てきます。そこで思わず「ドキ」としたりするのですが、そこでひるまず、しばらく視線を固定させます。これで、こちらの意見が(あまりたいしたことを言っていない場合であっても)堂々と自信あるものに聞こえるのです。ただし、見据えると言っても威嚇するわけではなく、どちらかと言うと誠意をこめて接してますよというサインです。恨むような怖い目になってはいけません。鏡などを見て研究してみるのもいいでしょう。



あくまで自然体で

西洋人だろうと東洋人だろうと要は同じ人間。自分の心の奥深くに「憧れ」のような心理があるのなら、それを認めた上で、そういった心理を克服する必要があるのだということを自分に言い聞かせることから始めましょう。そうすることで、視覚的にインパクトの強い西洋人を目の前にしたときに動揺したりすることが少なくなり、結果として熱い視線や「お友だちになって」オーラを送ることもなくなります。まず、日本人の自分としてのアイデンティティを強くした上で相手に臨みます(別に敵対視するのではありません)。

知り合いや友だちになるというのは、偶然とか成り行きでそうなる場合が多いのです。いわゆる「ご縁」があるということですが、考えてもみてください。自分の日本人の友だち(ビジネスなどの利害関係のない)の場合、よし、あの人と友だちになりたい!という「憧れ」心理などで友だちになった人もいるかもしれませんが、そういった関係では、すでに主従関係が生じていますから、長続きする友人関係には発展しないことが多いと思います。

むしろ、何となく、ウマが合って友だちになったとか、こういういきさつで友だちになったという場合が多いはずです。外国人も同じことで、無理に友だちや知り合いを作ろうと必死になるのも不自然だと思います。そんなヒマがあるのなら、逆に外国人が友だちになりたいと思わせるような魅力づくりをするほうがよほど建設的です。

じゃあ、友だちになりたい、知り合いになりたいという感情を抑制して、慎重に考えた上で行動に移さなければならないのか、ということになりますが、そんなに重く捉える必要もありません。軽いノリでいいのですが、日本人の傾向だと思われる「憧れ」や「熱い視線」がにじみ出てしまうのが良くないのではないかと思うわけです。もちろん、すべての日本人がそうだとは限りません。なかには、人見知りしない性格の人やあまり深く考えないタイプの人もいて、案外、そういう人は友だちも多く、そのうちの何人かは外国人だったりします。

筆者の同僚の女性がこのタイプです。彼女は英語は話せませんが、相手が日本語を話します。アメリカ人の友だちがはるばる家に泊りに来たり、家族ぐるみでインド人の知り合いの家に招かれたり、結構国際的です。どちらかというとおしゃべりで頭に浮かんだことがすぐ言葉として出てくるタイプで、「ごはん行きましょ」とか「今度○○に行きませんか」など軽いお誘いで寄ってきます。もちろん、軽いお誘いで、本人も言ったか言ってないか忘れていることも多く、結局実現しないお誘いも多いのですが、それはそれ、そういう性格の相手だと思えば何のことはありません。なんだか中身の無い軽薄な人間のように聞こえますが、少し付き合ってみると、幅広い知識や興味、趣味などがあり、結構おもしろいのです。

何人であろうと、友だちになりたいと思う相手にはそれなりの魅力があるはずです。魅力といっても「彼(彼女)はセクシーな魅力が」といった上っ面のものを言うのではありません。人間としての魅力です。たとえば、自己中心的な人や意地悪な人など、やはり性格に問題がある人は誰しも避けたくなるのは万国共通です。興味の範囲が広い、趣味が広い、話題が豊富なことも魅力のひとつでしょう。

ヒマな時は、することもないので、ゴロゴロ寝転がって「バライエティートークショー」などを何気なく見ていますというのでは寂しいものがあるかもしれません。外国人は日本人の同年代に比べて、それなりの世界観やグローバルな視点を持っている人が多いという気がします。そういった真面目な話をしようとしているときに、「そんな堅苦しい話はやめて、飲もうや。イッキイッキ(ちょっと古いですね)」などと言っているようでは、話をしても何も得るところがない、従って、友だちになる価値もないと思われるかもしれません(外国人にもいろいろいますので、一概には言えませんが)。

それでも、英語圏の知り合いのひとりもいないと英語が上達しない!と強く思われる方は、英語の個人レッスンなどを始めてみるのもいいでしょう。最近は、Internet で英語圏のネイティブ先生を紹介してくれたり、料金も安くなっています。上達の環境が整っていなければ、やはり、ある程度のお金を使ってそういった環境を手に入れることも必要だと思います。昔に比べて料金も随分安くなっているような気がします。そういったレッスンや学校を活用することで、その先生とは少なくとも知り合いになれるわけです。筆者の知り合いの日本女性にも、英語学校の先生と知り合いになり、友人になり、最終的には結婚した人もいます。とはいえ、これも「偶然」の成り行きですから、最初からそういったことを当て込んで「熱い視線」を送ったりしてはいけません。あくまでも自然体です。

その他、最近では、よほど僻地の「ど田舎」でない限り、どこの町にも英語圏の人が住んでいます。そういう人はそこで生活していますから、近隣の人と知り合いになるというのは不自然ではありません。しかし、あくまでも自然体で、機会があったときにそういった人に話しかけてみます。そして、いっそのこと、素直に自分の要求するところを話してしまうのです。と言っても「友だちになってくれませんか?」などということを言ってはいけません。誤解されます。「自分は英語を勉強しているのだが、教えてもらえませんか」と聞いてみるほうがよほどダイレクトです。

しかし、ここで注意しなければならないのは、決してタダで教えてもらおうなどと思ってはいけません。相手が日本語が話せないようだったら「じゃあ、代わりに私が日本語を教えてあげます」といった提案をするのです。もちろん、相手の要求する料金を払って教えてもらうということもできます。あるいは、「相手に英語を教えてもらって、自分は代わりに日本語を教えてあげたい。そんなニーズを持っている英語圏の人を知ってますか」と聞いてみるのもひとつです。だいたい、英語圏の人なら英語圏のコミュニティーを作っていたりしますので、知り合いのひとりやふたり紹介してくれるかもしれません。もっとも、相手によっては、そんなのは Internet にたくさん載っているから自分で調べたら?と言われるかもしれません。

また、英語を教えてもらう場合、選ぶ相手は、男性なら男性、女性なら女性というふうに、同性のほうがベターだと思われます。と言うのは、異性だといろんな問題が起きたり、こじれたり、学習に集中できにくい状況になりやすいからです。恋愛関係に発展するのも結構なことかもしれませんが、恋愛関係というのは永遠に続くわけではありませんので、関係の終了とともに学習も終了ということになり、また相手を探して のような状況になりかねません。もっとも、同性同士でも問題が起きるときは起こりますが、可能性としてより低いのではないかと思います。

いや、自分は教えてもらう必要はない、とにかくコミュニケーションの機会を増やしたいというのであれば、国際交流イベントなどに参加したり、市などが行っている国際交流ボランティアなどの登録をし、外国人のお世話をするボランティア活動に参加することもできます。ただし、これもあくまでも主体は国際交流やボランティア活動であり、「英語を話す」(練習する)ことがメインになってはいけません。まさに本末転倒、語学は手段でしかありません。また、相手の国の習慣や文化を知った上で、同じ人間として自然体で接する、この態度を忘れてはいけないと思うのです。

とにかく英語圏、西洋人、英語を練習するために友だち(知り合い)になるといった「力み」ではなく、日本人と友だち(知り合い)になるのと同じ感覚で、自然に心を開き、打ち解けていく。そしていろんな国の人たちと英語という共通言語を使ってコミュニケーションを図り、知識や経験、考え方を交換し、学びあい、理解しあう。理想の空論のようですが、これが国際社会のめざすところであり、ひいては、「国際交流」、「国際社会」といった特別な言葉が必要なくなり、「死語」になることが望ましい姿だと思います。



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