ENGLISH HISTORY CHRONICLE

現在地→ | 英語雑貨屋トップ | 英語用語集 | 英語独学室 | 英語資料室/英語の歴史―近代英語期 | 英語なんてタコ |
1500〜1900  Modern English (近代英語期)

1500〜1700  Early Modern English (近代英語前期)

16C〜17C
イングランドにルネッサンス起こる。

1513
スコットランド王ジェームズ4世 (James IV) 、フランスと同盟してイングランドに侵入するが敗れる。

1527
ヘンリー8世 (Henry VIII) 、王妃キャサリン (Katherine of Aragon) との間に男子なく、王妃の侍女アン・ブリン (Ann Boleyn) と密かに結婚。

1534
ヘンリー8世、英国国教会を樹立してカトリック教会と絶縁。イングランドの宗教改革 (Reformation) 

1535
『ユートピア』 (Utopia) の著者トマス・モア (Thomas More) 、国教への恭順を拒み、処刑される。

1536
小修道院解散させられ、カトリックへの復帰などを訴えた「恩寵の巡礼」 (Pilgrimage of Grace) の暴動起きる。

1536
第2王妃アン・ブリン不義の咎(とが)で処刑。

1536
ウェールズ、英国に併合され、英語がウェールズ語に取って代わるようになる

1539
大修道院も解散させられ、所領は売却。

1540
この頃から、「共有地」を「私有地」とする囲い込み運動 (enclosure)  がさかんになる。

1542
スコットランド王ジェームズ5世、ヘンリー8世と戦って敗死。嬰児のメアリー・スチュアート (Mary Stuart)  が女王として即位。

1547
エドワード6世即位。幼少のため、サマセット (Somerset)  公が補佐。

1549
祈祷書 (Book of Common Prayer) が書かれる。

1547
スコットランド軍、イングランドに敗れ、メアリー・スチュアートはフランス宮廷に送られる。

1553
エドワード6世、病死。野心家ノーサンバーランド (Northumberland)候の嫁ジェーングレー (Jane Grey) を女王と宣言したが、9日で廃される。メアリー1世 (Mary I) 即位。

1554
メアリー1世、スペイン王子フェリペ (Philip II of Spain)と婚約。国民の不安を招き、ケント州にてトマス・ワイアット (Thomas Wyatt) の反乱起こる。

メアリー、フェリペと結婚し、以後「血のメアリー (Bloody Mary) 」と呼ばれた旧教による反動を強行。

1557〜1558
フランスと戦い、大陸に残る最後の領土カレーを喪失。

1558
ヘンリー8世とアン・ブリンの子、エリザベス1世即位

1561
メアリー・スチュアートフランスより帰国。

1568
メアリー・スチュアート、貴族たちの反乱によりイングランドにのがれたが、軟禁される。

1580年代
大陸よりイエズス会が来島して旧教復活を策し、国教会にあきたらぬピューリタン (Puritans) の活動が活発化。

1585
オランダ独立を助けるためにスペインと開戦。

1587
前年の女王暗殺陰謀に連座して、メアリー・スチュアート処刑。

1588
スペインの無敵艦隊を破る。

1590〜1616
シェークスピアの活躍。

1598〜1603
アイルランドでヒュー・オニール (Hugh O'Neill) の反乱起こる。

1600
東インド会社 (East India Company) 設立。

17C〜18C
アフリカ英語が形成される

17C〜18C
アイルランドで発達したアイルランド語が急速に衰える(英語が母国語になったため)。

1603
スコットランド王ジェームズ6世がイングランド王位を継ぎ、ジェームズ1世としてスチュアート朝 (the Stuart Dynasty) を開く。

1603〜1640
スチュアート王朝

1603
イングランドとスコットランドの同君連合

1604〜1611
イングランドのジェームズ1世により、欽定訳聖書編纂される。

1605
旧教徒による議会爆破計画、火薬陰謀事件 (Gunpowder Plot) 寸前に発覚、ガイ・フォークス (Guy Fawkes) ら逮捕、翌年処刑。

1607
アメリカへの永住が最初に行われる。

1609
カリブ諸島への最初の移住が行われる。

1613
日本の平戸に商館を開く。

1620
 America    ピリグリム・ファーザーズ (Pilgrim Fathers) 、メイフラワー号 (the Mayflower) でアメリカ、プリマス (Plymouth) に上陸。

1625
チャールズ1世即位

1630
 America    ピューリタン (Puritans) がマサチューセッツ (Massachusetts) 植民地を建設。

1642〜1649
清教徒革命 (Puritan Revolution, Civil war) が国王派と議会派に分かれて決起。 国王派敗れ、処刑。共和国 (Commonwealth) 成立。

1651
航海条例 (Navigation Act) 制定。

1652〜1654
航海条例も一因となり、第1次蘭英戦争  (Dutch War)  起こる。

1660
チャールズ2世 (Charles II of England)、ブレダ (Breda) の宣言を発して帰国、王政復古 (Restoration)  成る。

1663
 America    カロライナ (Carolina) 植民地建設。1729年に南北に分裂。

1664
 America    オランダ領ニューアムステルダム (New Amsterdam) を占領、ニューヨーク (New York) と改名。ニュージャージー (New Jersey) 植民地建設。

1665〜1667
第2次蘭英戦争勃発。 ロンドンにペスト (Great Plague) 大流行。

1666
ロンドン大火 (Great Fire) により旧市街大半焼失。

1670
チャールズ2世 (Charles II of England) 、フランスのルイ14世 (Louis XIV) と旧教復活のドーヴァー密約 (the Secret Treaty of Dover) を結ぶ。

1672
チャールズ2世、信仰自由宣言 (Declaration of Indulgence) を発し、旧教徒保護を策す。

1672〜1674
第3次蘭英戦争、チャールズ2世、ルイ14世に荷担して宣戦、勝負なし。

1673
議会、審査律 (Test Act) を制定して王の旧教化政策に対抗。

1678
カトリック陰謀事件 (Popish Plot) により旧教徒迫害される。

1679
人身保護律 (Habeas Corpus Act) 制定。

1679
 America    ニューハンプシャー (New Hampshire) 植民地、マサチューセッツより分離して成立。

1681
 America    ウィリアム・ペン (William Penn) 、クエーカー教徒 (the Religious Society of Friends; Quakers) の安住の地としてペンシルヴェニア (Pennsylvania) 植民地を建設。

1682
 America    フィラデルフィア (Philadelphia) 市建設。
フランス人ラサール (La Salle) 、ミシシッピ (Mississippi) 川流域を探検し、ルイ14世にちなんでルイジアナ (Luisiana) と命名。

1685
ジェームズ2世即位。

1687
ジェームズ2世、信仰自由宣言を発布。

1688〜1689
名誉革命 (Glorious Revolution) 。ジェームズ2世の専制に耐え兼ねた議会の招きによりオランダのオレンジ公ウィリアム (William of Orange; William III of England/William II of Scotland) が来寇し、ジェームズは亡命。

1689
権利章典 (Bill of Rights) 制定。 ウィリアム3世 (William III of England) 、妻であるメアリー2世 (Mary II of England) 共同で即位。

ジェームズ2世王位奪回を図ってアイルランドに上陸。

1690
ウィリアム3世、アイルランドに出陣、ジェームズ2世軍破る。

1691
リメリック (Limerick) 条約締結、アイルランド反乱終わる。


前頁へ   次頁へ