中学、高校、大学と勉強していながら話せないのはなぜ?通訳付けないと日常会話もできない首脳は日本だけといった指摘。対して日本人が日本語話すのはあたりまえ。英米人も日本に来たら日本語を覚えるべきなんだ、という反論も。ともあれ英語は世界語になることは間違いなさそう。ここでは「日本人が英語が苦手なわけ」を分析してみたいと思います。

Last update January 13, 2015 (Originally posted June 1, 2002)


現在地→ | 英語雑貨屋トップ | 英語用語集 | 英語独学室/日本人の英語べたを考える | 英語資料室 | 英語なんてタコ |
           

Last update January 13, 2015 (Originally posted June 1, 2002)



英語の周波数域は日本語の2倍?

中学以来、長い間英語を勉強し続けて来たのに、やっぱり聞き取れない部分がある。一体これはどういうことなんだろう?たとえば、I want to go が「アイ・ワナゴウ」だとか、in front of が「インフラナブ」などという例は問題ないし、子音が「消音」になる場合や早口で話された言葉もなんとなくわかるような気がする。でも、長いセンテンスになったり、もごもごしゃべるオジサンの会話だとか、映画などで小声で話しているセリフだとか電話の向こうの声とかになってくるとどうも、とたんに自信がなくなり、投げ出したくなる。かなり英語の上達をされている方でもこういった悩みをお持ちの方がけっこういらっしゃると思われます。

先日ヒマつぶしに「英語。確実に聴き取る技術――このポイントを押さえればリスニングは克服できる」というタイトルの文庫本を買ってみましたが、いまひとつ役に立ちそうもありません。というのは、これは英語のネイティブによって書かれた本なので、日本人と英語ネイティブの音に対する特性や育った音の環境というものが全く考慮されていないからです。パラパラと内容をめくり「ポイントを押さえても効果ないだろうな」と思ってしまいましたが、もちろんすべての人に役に立たないというわけではありません。英語リスニングの初期の段階にいらっしゃる方にとっては、英語独特の聞こえ方といったものが説明されていて良いと思います。

どうも、何か見えない「耳」のカベのようなものがあるのでは?と思い続けてきたところに、最近話題になっている「周波数」の話。「ああ、これだな、きっと」と思っていたら、「発掘!あるある○○」というところで取り上げられて一躍ブレークしているようです。つまり、「日本語の周波数は最大1500Hz(ヘルツ)に対して、英語の周波数は3000Hz(ヘルツ)」という科学的な根拠があるようです。 2倍もの差があるということで、たとえれば、英語のネイティブの耳は日本人の2倍、英語の耳はゾウの耳、日本語の耳はロバの耳――といった感じでしょうか。別にゾウとかロバを差別するつもりはありません。どちらも可愛い動物です。が、しかし、この差は何なんでしょう?逆に言えば、英語圏の人が日本語を聞きとるには全く苦労しないということで、なんかシャクな気もしますよね。今度から日本語の話せる外国人と日本語でしゃべるときは「いと、おかし」「○○で候(そうろう)」「まさに呉越同舟ですね」とか、わざと難しい言葉でしゃべってやろうか、と思ったりしますが、こんなことしても、何の解決策にもなりません。



テレビ番組などで外国人のインタビューなどが挿入されることがよくありますが、少し離れたところで聞いていて、それまで何気なく聞こえていた日本人アナウンサーの声が、外国人の声になるとその途端に聞きにくくなる。なんか、音自体が低くなったような、こもったようなものになってしまう。いきなり、神経集中して聞こうとしている自分を発見するのですが、やはり、問題は「音」に対するキャパシティ、処理の仕方ということになります。でも、これは生まれ育った日本語の音の環境によって、耳や脳が慣らされているわけで、もっとていねいに処理しよう、とか言ってもいきなりできるものではありません。日本人と外国人の音に対する特性の違いは「虫の音」によく出ているという話を聞いたことがあります。「虫の音」というのは、ご存知、秋の夜長に鳴いている虫ということで、同じ虫でもセミのような賑やかな鳴き声とは違います。

セミに関しては、真夏の暑い日中に「わしが、わしが」と自己主張している声を聞くと、よけい暑苦しくなりますね。特に木々の少ない都会では、1本の木に鈴なりに留まってワイワイやっているセミの声を聞くと、苦しそうで、こっちも窒息しそうになりますが、秋の虫の声はすずやかです。もちろん、セミと秋の虫を差別するつもりはありません。どちらも一生懸命生きているわけです。要は、日本人の耳に心地よい、鈴を転がすような透明感のある音を外国人の耳は「ただの雑音」として取ってしまうのだとか。あまり広い周波数の範囲をカバーしているために、そんな虫けらの音なんかにかまってられるか、ということかもしれませんが、なんとも不思議な話です。

今回も回りくどい話になってきましたが、そんなに違うのか、外国人と日本人、ということになってきます。そこまでして日本人は「特殊」が好きなのか、と言われてしまいそうですが、冷静になってよく考えてみると、外国人も日本人も同じ人間です。エイリアンと地球人ほどの差はありません。もちろん、人種の違いからくる肌の色や髪、目の色の違いはありますが。同じ人間にできることが自分にできないはずはない、という考え方も成り立つのです。周波数が違うという点はわかったが、じゃあどうすればいいのか、あきらめるしかないのか、ということになると、もう英語を習得すること自体あきらめるか、耳とかの手術をしてみるとか、なんかちょっと違うなあという方向に話が行ってしまいます。

ますます話がまわりくどくなってきましたが、世の中いろんな才能を持った人がおられます。スポーツ選手などもそうかもしれません。まさに人間としての限界に挑んでいるわけですから。そういう意味では、英語の周波数も開発できるのでは?と思うわけです。自分ごとになりますが、学校時代に耳の測定なんかがありましたが、担当の先生に「かなり遠くの音まで聞こえますね」と言われたことを思い出しますが、他の人より注意深く聞こうとしていたのかもしれません。そのころから英語のリスニングには取り組んでいましたから、たぶんその訓練のおかげだと思います。

一般的に日本人として生まれ育ってきた人には、英語のネイティブと同レベルになるというのは、はっきり言ってかなりむずかしいと思います。これは精神論ではなく、物理的な特性という話になってくるわけです。また、そこまでなる必要性もないかもしれません。少しくらい英語的に「難聴」であっても、聞き返したりしてわかるようなら、別に問題はないと思われます。

しかし、日々の訓練が必要なことは言うまでもありません。ずっと字幕なしの二カ国語放送で見ていたのが、ビデオなんかを借りてきて字幕を見る習慣がついてしまうと、字幕がないと不安になったりするものです。やはり、できれば、自分の耳だけで完結させようとする試みもときには必要でしょう。また、前回触れた「英語耳のCD-ROM」などもいいかもしれません。正直言って、自分がこれまで四苦八苦してきたものが、たいした努力もせずに「英語耳」になってしまうといった「即席感」に一種反発を覚えたりするわけですが、ま、ここはこだわらずに、いろんな方向から試行錯誤することも必要かもしれませんね。