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2005年12月29日(木)
  先週半ば強烈な寒波がやってきてせっかくの3連休がオジャン!正月休みの初日、今年の釣り収めをすることにした。予約を入れて出発。夜半に梶賀着。仮眠所で布団に潜り込む。翌朝船長に起され、事務所に顔を出す。O氏M氏といった常連が顔を揃えている。出港前に「今日は何処行く」と船長。「“松の下”か“中熊”は?」「解った」で出港。まず、“ドンビ”に向かう。磯着け前に水温計を見た船長「昨日よりまた(水温が)2分下がってるで」ですと。“離れに”M氏、その裏側にO氏を下ろし、「“松の下”行くか?」「OK」と言うことで3番目の船着けで、先週同様“松の下”に上礁。
ここのポイントは左の壁際。壁に撒餌をぶつけるように撒き、仕掛けを壁に沿わすように入れ、集中的に攻める。しかし、アタリは無く、付餌も残ってくる。そのうち“アカジャコ”がぼちぼち集まってきたが動きは鈍く餌は棚まで届く。とにかくウキはうんともすんとも言わず、時間だけが過ぎてゆく。昼前に沈め気味に調整したウキが異常に早く沈んでいった。半信半疑で合わせると「ウオ!魚の引きや!」。掛けた直後は結構良い引きだったが、すぐにお疲れになりすんなり上がってきたのは32cmの立派な“ガシラ(カサゴ)”。
しかし、本日のアタリはこれだけ。後は空しく仕掛けを打ち返しては、根掛りを繰り返した1日であった。
 港に戻って釣果を確認したが、単発で40cmオーバーが上がっていたが、何処もくいが渋かった様子。「良いお年を」と挨拶して帰路についた。
2005年12月17日(土)
  実は14日の潮回りが良かったので有給休暇を取っての釣行を計画した。「明日休むけんね!」と宣言し、誠丸に電話を入れると「山は大雪やで。今日のお客さんが帰り道、降ってる言うて電話くれたわ」だと。ゲロッ!想定外の事態にガックリ。伊勢自動車道周りのルートも考えたがインターネットで調べると“風雪注意報”が出ていてアウト。仕方なく諦めて家でゴロゴロ。1日中、テレビで「建築物耐震強度偽造問題の承認喚問」をライブで見てしまった。ま、それなりに面白かったけどネ。
金曜日、ベル即で退社。帰りの道すがら餌屋さんに電話。「山の雪まだ有ります?」「全然ないよ」ときた。OK!OK!早速、誠丸に予約電話。帰宅するやチャッチャと仕度して梶賀へ向かって出発。12時過ぎに梶賀着。仮眠所で一眠り。今日は船長に起される前に眼が覚めた。事務所に顔を出し雑談。「ここんとこ水温が急に落ちて喰い渋いで」と船長。「ううん・・・。しんどい釣りになりそう」。港に降りるとお客さんは15人ほど。エンジンを始動して船内を一回りしてきた船長「何処行く?」「“松の下”は?」「よっしゃ」で決まり。“見張下”で3人降ろした後、“松の下”に上礁。
左手の地方向きに釣座をとり、壁際ギリギリを狙う。水温が下がっているので餌盗りはいないと思ったが、撒餌をすると何と“アカジャコ”がワンサカ。しかし活性は鈍いようで付け餌は棚まで通る。餌盗りの下から“コッパグレ”が食いあがってくるのがチラッと見える。弁当船前までに25cmほどが2匹釣れたがキープサイズが中々こない。沖向きも試すが同サイズ。再び磯際に戻ってがんばるもやはりつれるのは同サイズ。昼を過ぎてやっと多少手応えのある引き。32cm。「これからや!」とサイズアップを目指し打ち返すが、また元のサイズに逆戻り。最後まで大型のアタリは来なかった。
港に戻ると、この日“グレ”狙いは全滅。ま、水温の低い中ボウズを免れただけで御の字か?
2005年12月10日(土)
   先週の右手首捻挫も癒え、週末には体調万全。となれば行かずにおられようか。何処へって?磯でんがな・・・。しょもない前振りはともかく、誠丸に予約電話。夜9時に出発。1時半着。個室仮眠室で仮眠。船長に起されて、港へといつものワンパターン。で、出港していつもとおり“カガリ”に向かうと思いきや、今日は「初めに“見張下”着けるし。ここんとこバラシとるから、バラシたらあかんで!」と船長いきなりプレッシャーをかける。
“見張下の先端“にT氏と上礁。船付きに釣座をとった。”バラシ“を考慮して道糸・ハリスを5号とし、ウキ下3尋からスタートとした。竿を出そうとすると、E渡船が右横の「こんなとこ降ろすか」という所に船を着け、オッサンを降ろしていった。
船着きのポイントは竿1本ほど前まで根が出ているので、その少し沖に仕掛けを入れ引き戻すように仕掛けをなじませる。3尋半で”グレ“25cmが喰ってきた。隣のオッサンも足場の悪い釣座で同サイズを上げている。かなり浅い棚で、足元の根の上を流しているようだ。10時頃、オッサンの竿が大きく曲がった。T氏と2人で見物していたが、上がってきた魚体に口をアングリ。何と50cmは有りそうな”グレ“。取り込んだオッサンは満面の笑み。「おめでとサン」と声を掛け「棚は?」と聞くと「2尋半」とのこと。えらく浅いジャン。で、真似して棚を変更。ウキをゆっくり沈むように調整してしばし、来ました。そこそこの引きで楽しませてくれたのは、38cmの”グレ“。まだまだこれから、ということで打ち返すも、その後25cmが来ただけでタイムアップ。
港に帰って他渡船の客に大型を釣られたと知った船長「あんたがそれ釣らんと!」と悔しがることしきり。しばし説教されてしまった。力不足でした。
2005年12月3日(土)
   金曜日、仕事も終盤に差し掛かり日が暮れてくると翌日の天気が気になりソワソワ。仕事の合間にインターネットで天気予報をチェック。ついでに釣果速報にも目をとおす。ベル即で帰宅し、誠丸に電話を入れる。9時に出発。道中“狸”に会わないことを願いつつ山道を抜ける。山が途切れ熊野市五郷町に入ったところで左前方で何やら動く影が!“狸”?ちゃう。細い!“狐”か“テン”?はたまた“狢(ムジナ)”か。とにかく「“狸”を免れて良かった・・・」と一安心。梶賀を目指した。(“狸”がどないした?と言う方は10月29日の項を参照)  個室仮眠所の朝は早い。いつものように船長に起こされ、支度をして港へ。客は8人程か。今日は一番に“カガリの東”でお声が掛かり上礁。東を独り占めは久しぶり。常連I氏が“カガリの南”に上礁しているのを横目に支度を急ぐ。“ワレ”のポイントを2尋半から探っていくと、3尋でアタリ。残念ながら“イズスミ”の35cmだった。その後は磯際に“タカベ”が群がり、少し沖を流すと珍しいことに“コガネスズメダイ”の3連荘。磯際を“タカベ”に取られて沖で餌を拾っているのか。
 潮止まりの11時ころI氏を憧憬訪問、“南”まで出かけた。I氏もアタリ無く“中”に磯替えを考えているとのこと。元の場所へ帰る途中1.5mほどの段差をお尻を滑べらせて降りようとした時着地を失敗、足が滑って尻餅をつく羽目になった。かばった右手が変なふうに捩れ捻挫してしまった。手首から親指にかけてズキズキ痛んだが、竿を握れないほどではなく、釣りを再開した。暫くしてI氏が“中“に移動してきた。徐々に痛みが増し、握力維持できなくなってきて「そろそろ止めんとまずいかな」と思いだした。その時「#*@&!!」I氏が叫ぶ。バラしたようだ。そうなると「時合か」と欲が出るもので痛いのを我慢し、おバカなことに、結局最後まで竿を振ってしまった。道具を片付ける際には右手は全く使い物にならなくなり、左手一本で帰り支度。港に戻って船長に「滑って捻挫してもうた」と言うと「湿布して帰り」と湿布薬を貼ってくれた。帰りの運転も左手一本。何とか無事に帰りついた。「“狢”を見ると怪我をする」新たなジンクスか?
2005年11月26日(土)
   今週は「新しい釣り場を開拓してみよう」ということで、釣り場案内の雑誌をパラパラ。でも、大グレが出る可能性を考慮するとどうしても尾鷲から熊野の間になる。で、甫母に決定。以前行ったことのある二木島と渡船区は一緒であるが、甫母側の磯には行ってないので初めても同然。晴洋丸渡船に予約電話を入れる。「一人ですか?」とちょっと奥さんが渋っている様子。船長さんと相談してOKが出、「5時半に来てください。近所に迷惑やからあんまり早くこないでください」とのこと。
 ご指定通り5時半少し前に甫母に到着。小さなUノ字型の港町で全長100mほどしかない。晴洋丸渡船もすぐに見つかった。駐車場と思しきところで待っていると、船長登場。“小林稔侍”の20年後という感じ。「車こっちに停めて」と自宅の軒先に誘導。ボチボチ他の客も到着し4台になった。支度をして出船時間の6時前に乗船。「撤収は1時半ね。道が通行止めになるから」と船長。
 港を出ても波ひとつ無いベタベタ状態の湾内をユルユルと船は進む。“千畳敷”を回って外海に出ても「池か?」と思うほどベタベタ。まだ夜が明けきっていないので景色はあまり楽しめない。
 “楯ケ崎”に底物師を降ろして、“中ノ島”へ。南側に2人、先端に1人降ろして次に「用意して」とお声が掛かり地磯向きの釣座に渡礁。「船着きと、もうちょっと右もやってみて」とアドバイスを残して船は去って行った。釣座からは梶賀磯の“神津の鼻“や”ミヤケ“が望める。いつもの反対側から眺めているというのも変な感覚である。
とりあえず船着きで竿を出すことにし、準備をする。付け餌は盗られるのだが餌盗りが何なのか良くわからない。サラシも無くベタベタ状態で何か今一のりが悪い。サラシがでている右の釣座に移動。磯際に仕掛けを入れるとウキが引き込まれ、まずは“ベラ”。次に“オジサン”が竿を曲げてくれた。餌盗りは“キタマクラ“のようで時折ハリスが齧られて上がってくる。磯際から竿2本程度の沖までを棚を変えながら丁寧に探っていると、サラシの脇でウキが沈んだ。キュンキュン小気味良い引きで楽しませてくれたのは”グレチャン“25cm。「お父ちゃんかお母ちゃん、お爺ちゃんお婆ちゃんでもいいから、いやいやお兄ちゃんお姉ちゃんでいいから、よろしく言っといてね」とリリース。”グレ“の顔を見て気合が入る。
昼頃、左の根際でウキが消え、合わせると大型魚の手応え・・・と思ったとたん竿先が跳ね上がった。タラリーン!バレチャッタ!!針外れ?仕掛けを回収して確認すると、なんと針が無くハリスのさきが豚の尻尾。「結びが解けた?」んなはずないで、以前の痛い経験以来、歯が痛くなるほど絞めこんでる。暫くショックで考え込む。「針結びは完璧や。”キタマクラ“や・・・“キタマクラ“が結び目傷付けよったんや」と無理やり納得。”キタマクラ“のせいにしたところでバラシはバラシ。ボウズに毛が生える訳でもない。もう一発と気を取り直してガンバルもその後アタリは無く、1時15分頃お迎え船が「ぼちぼち帰り支度してや」とやってきた。
 帰りの船中はのんびり遊覧船気分。港に戻って他の釣り人の釣果を見ると、この日は“中ノ島”の表で40cm級の“グレ“が2匹だけ。帰り支度をしながら船長と立ち話。「ここは駐車場が狭いし予約が多い時は1人は断ってるねん」とのこと。了解以後気をつけます。
2005年11月19日(土)
   先週の大型に気分を良くして、今週も「さらに大型を!」ということで予約電話を入れ梶賀の誠丸へ。船長に起こされ支度をして港へ、船を待つ顔ぶれはいつもの常連さん。出港していつもの通り一番最初に“カガリ”に着ける。「行くか?」と船長。常連O氏・底物師と一緒に上礁。O氏は降りるなり“カガリの中(四畳半)”を目指して歩いて行く。底物師は船着に釣座をとったので、必然的に“ワレ“で竿を出すことになった。
 仕掛けをセットし、撒餌をすると20cm前後の“グレ”とおぼしき餌を拾っているのが見える。「活性がよさそう」ということで浅めの棚から探っていくことにする。3尋半のところでうきが沈んだ。真下に潜る引きに「“グレ”や」と張り切ってやりとりしたが、上がってきたのは“イズスミ”の35cm。少し後で“四畳半”でO氏も同サイズの”イズスミ“。
その後、泣かず飛ばずの時間が過ぎていく。裏のズボ釣りポイントも試してみたが不調。ハリス4号・グレ針8号の仕掛けに10cmににも満たない“ミニグレ”が喰ってきただけ。恐らく記録物の小ささで思わず記念写真。
 表に戻り浅棚から探り直すが“コッパサンノジ”が来ただけでタイムオーバー。O氏はしっかり44cmの“グレ”を釣っていた。ううむ、この差は何だ?
2005年11月12日(土)
   土曜日の天気予報は週のうちに2転3転し、結局金曜日の時点で「夜半に雨は上がり日中曇り」ということで落ち着いた。小雨くらいなら釣行する覚悟でいたので御の字である。誠丸に予約電話を入れ仮眠所を確保して、前日9時に出発した。朝5時にいつもとおり船長に起こされ、準備をして事務所へ。駐車場は車が少なく2台しか停まっていない。「波高いやろか?」と聞くと「どこまで行けるやろ。出てみなわからんな」と船長。港に下りると出船を待っている先客はS夫妻と常連OZ師匠の3人。「これは、A級磯選び放題や!」と喜んだのも束の間、船は港を出たところで急停止。「こら波がえらいわ。“カガリ”被っとるで。梶賀の磯見てみよか」と船首を右へ90度回頭。湾外へ出るとウネリが大きく船着けできる磯がなかなか見つからない。“フナミノカベ”にOZ師匠を降ろし、再び180度回頭。湾内を目指してフルスロットル。“オボレ”には、すでに他渡船が着けており、“コムケ”で「用意して」とお声がかかる。上礁し仕掛けを用意しいると“コムケ”周りに他渡船が来襲。普段着けないような岩にどんどん客を降ろしている。「えらい所揚げられとんな」と思わず同情してしまう。
 さほど大きさは望めないのでハリス2号の細めの仕掛けをセットし、撒餌をすると“アカジャコ“がワンサカ沸いてきた。「またかいな」といささかうんざりしながらも少し沖目を流してみる。”アカジャコ”に混じって時折“ベラ”が来るが、“グレ“”チヌ“は期待薄。
 弁当船を待って磯替えを申し出る。「沖のうねりまだ治まってへんの?」「まだえらいの〜。行ってみるか?」ということで荷物をまとめて船に飛び乗る。“マルイシ”まで行ってみたがまだドッパンドッパン波が打ち寄せていた。「“エビレ”行ってみよか」と船長。“エビレ”は何とか竿を出せる状態で「一段高い所からやれや」ということで上礁。荷物を高場に引きずりあげて仕度にかかった。撒餌を入れても餌盗はさほど浮いてこない。しばらくしてウキがキュンと沈み掌サイズの“コッパグレ”。ここ数週“コッパ”の顔さえ見ていなかったので思わずほお擦り。餌を換えようとリールを巻くと喰っていた元気な“マルハゲ(カワハギ)”25cmをキープ。“ハリセンボン”が2匹。“グレ”の25cmがきて「だんだん大きくなってきた」と希望の光。潮が引き右側の一段低い釣座が乾いてきたので移動した。そこへ見回り船。「どうや?ここは昨日も昼から来たし、がんばりや!」と励ましを残して去っていった。
 1時を回って、右側のハエ根の切れ目でウキがユラッと沈んだ。「また、“ベラ”か?」と合わせるとズシッときた。久々の大型魚の手応え。楽しむ間も無く、右横の根際へ持っていかれ動かなくなった。根に潜られたかと思ったが、テンテョンをかけると向こうでも引っ張っている手応え。岩に張り付いてこらえている様子。暫く綱引き状態。頃合を見て竿を思い切り煽るとうまい具合に引きずり出せたようだ。締め込みをいなしリールを巻くと黒い魚体が浮いてきた。「でかい!」“グレ”か“イズスミ”か?。もう一度潜った後、浮いてきた魚体はまごうかたなき“グレ“だった。50cm近い。タモ入れも何時に無くすんなり決まって、Get!!。写真撮影もそこそこに次なる獲物を狙うも、その後アタリ無く終了。
 港に戻って船長に“グレ”の内臓を出してもらうときに計ってみると48cm。「ええのん釣ったやん。これで、インターネットに載せられるな」と船長。ゲロッ船長にHPの存在が知られてしまっている。「(HPのこと)知てんのん」「知っとるわ。皆見とるで」とのこと。いつかは知れると思っていたが、これで余計に下手なことは書けましぇん。OZ師匠は一回り大きな49cmを“マルイシの裏”で釣っていた。(さすが!)
紅葉の始まったR169を気分良く眺めながらの帰路となった。

2005年11月5日(土)
   一昨日釣行したばかりなのに金曜日になると「明日また行きたい!」と虫がうずきだす。
恐る恐る奥様に「明日行ってもええやろか?」とお伺いをたてると、意外にも「ええよ」とご快諾。(もつべきは理解ある奥様である。ゴリゴリ※)早速予約電話を入れようとしたが「さて、梶賀か尾鷲どっちにしよう」と携帯電話を持ったまま一思案。結局、「リベンジだぜ!」ということで尾鷲の“ゆき丸渡船”に電話を入れた。
出船時刻朝5時半の15分前、尾鷲港着。今日はいつに無く人が多いと思ったら、翌日釣り糸メーカーの大会が予定されていて、そのための試釣りで賑っているようだ。この日のゆき丸渡船の客は20人ほど、その内半数が帽子やフローティングベストに“バリ××”のワッペンを貼った釣り人で占められている。
 桃頭島(トガ島)に向かって走る船の中、大会組の賑やかなこと。桃頭島沖に到着し、時間待ちで同じところをグルグル回る船の中でもワイワイガヤガヤ。磯付け時刻になって大会組はまとめて“アゴ島”に上礁。船中やっと静かになった。次に桃頭島本島に船付。2番目に呼ばれて“カド”にもう1人と上礁。「船着と左側の平らな所に分かれてやってね」と船長が指示。左側のサラシの真上に釣座をとった。「サラシの筋を流して」と船長のアドバイスに従って釣り始める。しかし、サラシが強すぎてアットいう間に仕掛けが沖に流される。ガンダマを打ち波が静かになったところを見計らって仕掛けを投入するが、中々思うようにコントロールできない。餌盗りは肉眼では確認できないが“キタマクラ“のようでハリスに疵がついてくる。右側で竿を出している釣り人は小さいながら”グレ”を調子よく上げている。こういう時は“神の声”ということで“釣り餌吉野”の店主にTEL。「ポイント教えて」「そこは、前に竿一本根があるからその切れ目を狙うんや云々」「OK」と気を取り直し仕掛けを打ち返す。そうこうしているうちに左側の壁を乗り越えてお隣さんがやってきた。以前あったことのある常連さんで、東京の釣友KYしに似ていて親しみのもてる人である。(仮にK氏と呼ぼう)K氏曰く「右の釣座の前は溝が走っていてそこに魚がついてるけど、あんまり大きいのは来いひんねん。ここは前に扇型の根があって、その沖はだらだら掛け上がりになってるからそこを狙うと大きいのがくるんや」とのこと。「なるほど一発勝負の釣座か」と納得。その後も“一発”に賭けて打ち返すも、“ガシラ”がきただけでタイムアップ。リベンジどころか返り討ちにあってしまった。
 この日は全体に低調で、40cmチョイ上が1匹釣れていただけであった。「次週はホームグランドに戻ろう」とスゴスゴ引き上げた。
※ゴリゴリ:ゴマを擂る音

2005年11月2日(水)
   3日5日6日の飛び石連休。4日に有給休暇を取って釣行予定をたて、かなり前から職場の皆に「4日休むで〜」と宣言していた。ところが4日の天気予報が「雨」。今更休暇取り止めというのも面白く無いので「休暇前倒し」と2日に変更した。「さて、込み合わない平日。何処へ行こうか。梶賀は“タカベ“に当たると最悪。このところ50cmオーバーが上がっている尾鷲にしよう」と”ゆき丸渡船“の予約を入れた。
 前日9時に早寝を決め込み、1時に起き出し出撃。道中“狸”にも会わず5時頃尾鷲港に到着。さすがに客は少なく6人だった。5時半出船、30分かけて“立神“沖に到着。例によって30分プカプカ時間待ち。「網入れてるから、この辺で釣り出来るんも今週までやな」と船長。見ると定置網が半分できている。「網が入ると喰いが悪なるもんな」と常連さん。
やっとこさ上礁時刻となり3番目に「行くで用意して」とお声が掛かった。左右10m と広く緩やかな段状で足場も良い磯でまずは一安心。ゆっくり準備をし、撒餌をする。と、磯際から何やら赤い者が?目を凝らして見ると“アカジャコ”。撒餌をする毎に増えてきて、そのうち餌を入れるとピョンピョン跳ねるまでになった。「先週は青(タカベ)で今週は赤かよ〜」と思わずぼやく。仕方なく撒餌は磯際にし、少し沖に仕掛けを入れる。何処に投げても餌が一瞬にして無くなる。刺餌の齧られ方からすると、沖には“キタマクラ”がいるようだ。
 磯替え船がきたので迷わず両腕をクロスして×印。船に乗り込んだ。「あかんか?」と」船長。「“アカジャコ“だらけで釣にならんわ。ここ何ちゅう所?」と聞くと。「この辺一帯”見張り下“言うんや。3日前(グレの)53cm出たんやけどナ」と言外に「もっと粘らんかい!」というニュアンスが感じられた。替わって上礁したのは”チャビンのハナレ“。こんもりした直径10mほどの島である。ここは”アカジャコ“の活性は少し低かったが”ベラ“と”キタマクラ“のアタリがあっただけ。あえなくボウズを喰らってしまった。
 港に帰ると1人だけ50cmと36cmのグレを釣った人がおり。船長が「あんたが最初上がった所の直ぐ横で釣れたんやで」とまたまた「粘りが足りん!」と言外に臭わせるお言葉。言い訳をこらえて「また来ますわ」と引き上げた。

2005年10月29日(土)
   この日の天気予報は「朝方から昼にかけて弱雨」。「弱雨なら、まっいいか」と誠丸に予約電話。個室仮眠所を予約して夜9時に出発した。道中、下北山村を過ぎて幾つ目かのトンネルで何やら動く者が!?良く見ると“狸”がオロオロしながら斜め横断。幸いトンネルの手前が急カーブだったため減速していたので余裕で回避できた。「こんな所でうろうろしてたら轢かれるのに、あほやな」と呟いて通りすぎた後で、何かの釣り雑誌かHPで読んだ記事を思い出した。曰く「釣行往路で“狸”を見かけると“ボウズ”というジンクスがある」とか何とか。「冗談じゃない!そんなジンクス信じましぇん。たとえボウズ喰らっても、狸のせいにするなんざ一著前の釣師のすることちゃうわ」などと一人でブツブツつぶやきながら車を走らせ梶賀へ向かった。
 雨の予報とあってさすがに客は少なく、8人ほど。他の渡船は“神津の鼻”方面に向かい“オベラ“方面は誠丸の独壇場。余裕で磯渡し開始。”カガリの東“”コナベ“と降ろしたところでお声がかかる。「”(オベラの)高場“にするか?”(カガリの)西”か?」と船長。「何と贅沢な選択肢」と思いながら、ここは迷ってると船長に怒鳴られる「西!!」と答えつつ「“オベラ”も行きてえ」と未練たらたら。
 しかし、一級ポイントに上がれたにもかかわらず、磯際には“タカベ”沖は“キタマクラ”という最悪のパターン。あれこれ仕掛けや棚を替え、磯際・遠投を繰り返し、磯中右往左往。なまじ1級磯のため、磯替えの決断もできずそのまま終わってしまった。雨は途中パラパラ程度で助かったが、この日は、全体に良くなく“コナベ”から湾内の“エビレ”に磯替えした人が35cmの“グレ“を2匹と特大の”イガミ(ブダイ)“を釣っていたのが唯一の釣果。港に帰ると「あかんかったか?ま、みやげにミカン持って帰り」と船長。「先週貰てまだあるし」と遠慮したが「先週のんより1ランク上の美味しいやっちゃ。ミカンはいくら食べても体に悪無いで」と持たされた。帰路「ミカンどないしょ」と食べきれない分の処分を考えた末、仕事場に持ち込むことにした。(意外に好評だった)それにつけても、実に恐ろしきは狸のジンクス。(なんてね、結局、狸のせいかい?)

2005年10月22日(土)
   台風が停滞し1週お休み。待ちに待った土曜日。前夜予約電話を誠丸に入れた。「まだ、ウネリが残ってるで」とのこと。個室仮眠所を予約して出発。1時に梶賀着。なるほど波の音が少し大きい。翌朝静まっていることを願って布団に潜り込んだ。
 例によって船長に起こされて、波の音はと耳をかたむけたが昨夜と変わりなさそう。急いで支度をして港に降りる。
 船は港を出て、“カガリ“に向かってまっしぐら。”カガリの東“に3人降ろし「これから(潮が)上げてくるから絶対真ん中行ったらあかんで」と波が這い上がってくる釣座に行かないよう船長が怒鳴る。”コナベ“の次にお声が掛かり”オベラの奥“に上礁。一人かなと思ったら「××さんも行きや」と声が掛かり2人に。船着きに××氏が入り、奥側に釣座をとった。
ウキ下1尋の仕掛けを作り棚を探るつもりで磯際へ第1投。仕掛けが馴染む前に道糸が走った。左右に走り回る。「磯際で青物かい?」と強引に止めに掛かるがこれが中々引きが強い。走り疲れたところを引き抜くと40cm近い”サバ“。「こりゃ先が思いやられるワイ」と棚を変えながら打ち返すが”サバ“は1匹きりで後は音沙汰なし。磯際が餌盗りで賑やかになってきたので棚を深くし沖の沈み根際に遠投すると、またまた青物の引き。「また”サバ“かいな」といい加減なやり取りで取り込んだのは”ソウダガツオ“だった。針を飲んだソウダ君が身をブルブル震わせると鰓から血がシャワーのように撒き散らされ、ウエアも白いバッカンも真っ赤っ赤。おかげで血を拭取るのに一苦労。えらく時間をロスしてしまった。
 少しづつ棚を深くしながら遠投を繰り返しているとウキガ真下に消し込んだ!「よっしゃ、今度は青物ちゃうで」と張り切るも、竿をたたいているような?案の定上がってきたのは“サンノジ”38cm。その後“イガミ”を挟んで“サンノジ”2連発。いろいろと他魚は釣れてはくるが“グレ”は “コッパグレ“の”コ“の字も無いままタイムアップ。
 事務所に戻ると、大量のミカンが積み上げられており、船長が「あかんかったか?代わりにこれ持って帰って」とダンボール箱を指差す。「そんなにたくさん喰えましぇん」とレジ袋入りをありがたくいただいて「大量々々」と意気揚揚、梶賀を後にした。

2005年10月10日(月)
   土曜日が仕事でつぶれた3連休。中日は釣り客が多いかなと思いながら誠丸に予約を入れると「明日は大会が入ってて人が多いで。月曜にしいな。」とのこと。「ま、しゃあないな」と10日に予約をいれた。前日天気予報を確認すると「曇り時々雨」個室仮眠所を予約していたので9時に自宅を出た。1時頃梶賀着。一眠り。いつものとうり船長にたたき起こされ、顔を洗って外に出ると朝から雨。事務所に顔を出すと船長が「雨やし、波も高いし、最悪の日に来たな」とのたまう。「あんたが今日にせえ言うたんやんか」と心の中で思いつつ「そやね」とご返事。
 港を出ると多少うねりはあるが先週よりはましという程度。“カガリ”から渡礁開始。先週と同じ“ナカドマル”でお声が掛かり。2人組と渡礁した。2人組が船着きと“マルイシ”向かいのポイントに釣座をとったので真ん中の“ドンビ“向かいに釣座をとった。  先週とかわらず手前のハエ根周りは、コッパグレが入喰い状態。遠投して尾長を狙うが反応無しの時間が続く。雨は降ったり止んだりで、止むと蒸し暑くレインウエアを脱ぎたくなるが、脱ぐとまたまた降ってくるという按配。沖の潮目やヨレを攻めて、飽きると手前でコッパグレと遊んでもらうというローテーションで時間が過ぎてゆく。昼過ぎにいきなり竿を引っ手繰るアタリ。沖に向かって強烈な勢いで走る。右左に走り回る明らかに青物の引き。しばしやり取りするも針はずれ。次の1投にも喰ってきた。またまた、針はずれ。2・3投後にまたまたまたヒット。「正体確かめちゃる!」とけっこう慎重にやりとり。浮いてきたのは“ソウダガツオ”の40cm。磯に引きずり上げて取り込んだ。
 その後はコッパ以外のアタリは無し。お迎え船の時刻が迫り、最後の一投を「コッパでも釣るか」と根際に入れると仕掛けが馴染むと同時にウキが沈んだ。「案の定コッパか?」と合わせると、以外に重い。が、大して引きが強くない。赤い影が浮いてきて“イガミ“が海面に顔を出した。「今日はこれでお仕舞い」と竿を仕舞い撤収。

2005年10月2日(日)
   土曜日に仕事が入り、日曜日の出撃となった。ま、土曜日は波が高くて釣にならなかったようで丁度よかったのかも。天気予報は曇り。誠丸に予約電話をいれると「まだ波が残ってるで。明日にならんと何処まで行けるかわからへんけど」とのこと。個室仮眠所を予約して、前日9時に出発。
 “釣餌吉野“に立ち寄って餌と情報を仕入れる。1週間の釣果を記したホワイトボードに「店主・尾鷲でオオバラシ」の書き込み。「またバラシたんかいな!」と偉そうにからかいの一言を残して梶賀に向かった。1時頃梶賀着。見事な星空。「明日ほんまに曇りかいな?」と思いながら仮眠所で一眠り。「おはよ〜。起きてよ」の船長声で目が覚める。久々に誠丸で出船。カガリ方面を目指す。湾を出てみるとまだ波がかなり高い。おまけに大潮の満潮と重なっていて、船長は”カガリ”の沖向きは無理と判断したようで”マルイシ”の先端から渡礁を開始。“ナカドマル”でお声が掛かりX氏(氏名不明のため)と2人で渡礁。
 X氏が船着きに釣座をとったので一段高い釣座から“カガリ”との水道を狙うこととする。撒餌が効きだすとウキ下1尋の仕掛けに“コッパグレ”が入喰い。1時間程して“マルイシ”向かいのワンドに移動。ここでは“アカジャコ”の入喰い。また、元の釣座に戻る。“ボラ”に遊んでもらったが、“良型グレ“の気配は無い。振り返ると潮が下げてきたと見えて先ほどまで波を被っていた”ドンビ”向かいの先端の岩が乾いている。迷わず場所替え。8時を過ぎると日陰が無くなりお日様ギラギラ。さすがに風は秋のそれで涼しく、熱中症になるほどの暑さではない。
 磯際では相変わらず“コッパ”が掛かってくる。少し遠投してシモリの先端を流しているとウキがユラッと入った。小気味良い引きを楽しませてくれたのは30cmほどの“グレ“。
次のアタリは“カワハギ”。その間も“コッパグレ”が間断なく喰ってくる。10時を過ぎたころ、沖に潮目ができたので直接遠投で狙ってみる。何回打ち返した頃だろうウキが潮目で消えた。合わせをくれると重量感が伝わってくる。一瞬右横に走り出し「ボラか?」と思わせたが、すぐに方向転換。手前に向かって潜りだした。強い引きに耐えながら何とかウキが見えるところまで浮かせたが、今度は左の根に向かって潜りだす。筆者も左の突き出た岩に移動。そこでまた浮かせにかかる。魚の動きが止まり綱引き状態の中、ふと振り返るとX氏がタモ網を用意して見守ってくれている。ウキが見え「後一息!」というところで再度潜られ、竿先が跳ね上がった。「○×#$&!!」バレてしまった!。仕掛けを回収してみるとハリスの先が3cmほど平らに延ばされていた。「グレっぽかったですね」とX氏。「頭振って無かったし引きからするとグレやね」と冷静を装い回答したが、指が震えているのは何で?
 気を取り直して仕掛けを打ち返していると、やはり潮目でウキが消えた。「う〜ん。引きは今一」で上がってきたのは35cmの“尾長グレ”。恐らくバラシたのも“尾長”だろう。「もう一発!尾長来い!」と打ち返すも、沖には“ソウダガツオ”“サバ”が回ってきてしまい、刺し餌を先に盗られてしまう。磯際の“コッパ“沖の青物でてこずっているうちに撤収時間となってしまった。
 帰り道“釣餌吉野”に立ち寄り「人のバラシ笑とったら、バラシてしもたワ」と報告。因果応報である。反省!!

2005年9月17日(土)
   梶賀の誠丸に電話を入れたがまだ体が本調子ではないとのことなので、先週に引き続き尾鷲で竿を出すことにする。港の駐車スペースに車を停め準備を終えて待っていると11時に船長登場。客は4人と少ない。港を出るとうねりがかなり入っている。期待していた立神方面には向わず割亀島方向へ。小山周辺の地磯に渡礁。
割亀島を右手に見て、左側のポイントに竿を出す。磯際にはアカジャコがちらちらしているが、10m程沖の沈み根まわりには餌盗りの気配は無い。棚1尋で仕掛けがなじむと何やかや喰ってくる。"ベラ"、"サンバソウ"、"コッパグレ"、"アカジャコ"が入れ替わり立ち代り竿を少し曲げてくれる。仕掛けがなじむ前にハリスを引っ手繰っていったのは"ボラ"。この日の"ボラ"は食い気がたっていたのか4匹もお相手してくれた。(疲れる!)3時を回って30cmほどのグレがポツポツ顔を見せてくれた。一応キープ。棚を下げて大型を狙ったが"ガシラ(カサゴ)"、"ベラ"。最後まで「きたっ!」というアタリはなく撤収時刻をむかえた。
 帰宅して「どないや?」と測定してみたが、29cmが最長寸。「おいおいボーズかよ!」

2005年9月10日(土)
   夏の暑さもボチボチ治まって磯も少しは涼しくなってくる今日この頃、釣の虫がゴソゴソ動き出す。「久々に行ってみるか!」と釣行の準備をイソイソ。梶賀の誠丸の船長が目を手術したということで暫く休業とのこと。尾鷲のゆき丸渡船に半夜釣で予約を入れた。
 “釣餌吉野”で餌を買い、情報を収集。「尾鷲は、案外餌盗り少ないらしいで。バラシも結構あるしな」と店主。期待をふくらませ尾鷲港へ車を走らせる。11時の出船時刻には着替えをすませて、準備万端。船に乗り込む。8人ほどの釣客を乗せて “立神”方面へ向け出港。ゆっくり30分かけて現場に到着。しばしプカプカタイム。正午になり磯渡し開始。
「次、用意して!」と船長に声を掛けられ渡礁したのは、“水落ち“。海から見て右手に小さな滝が落ちている更に右手ワンドをはさんで”カナアミモト”が見える釣座である。
 そそくさと竿を伸ばし、釣開始。撒餌をするといないはずの餌盗りがわんさか。“アカジャコ”の大群だった。「話がちゅうやん」といってもしょうがない。何とか“グレ”の棚まで餌を通そうとするが喰ってくるのは“アカジャコ”ばかり。
 暫くすると、“カナアミモト”の方から海女さんが泳いできた。「でかい魚見える?」と問うと「何もおらん」とそっけない返事。その後も海女さんのお言葉とおり餌盗りにもて遊ばれてタイムアップ。ずっと曇り空で暑く無かったのが救いの釣行となってしまった。
 帰りの船中他の釣人に聞いてみると結構バラシが多く、合計8バラシ。中には1人で3回もばらした人もいたとのこと。40cmオーバーを釣り上げた人はいなかったが今シーズンの秋磯は期待できるかも??

2005年7月30日(土)
   7月も終盤となりさすがに暑い日々が続くと、磯に立つにはかなりの覚悟が必要になる。“晴れ”の予報ではとても「磯に行こう」という気にはならない。今週は、前日に天気予報をチェックすると“曇り”。「(釣りの)夏休み前、最後にもう一回行っとこ!」ということで釣行決定。半夜だと暑い盛りの磯上がりとなるため、「今回は朝から行きます」と予約を入れた。
 出船が5時40分と早いので10時前から仮眠し1時に梶賀に向けて自宅を出た。久々の深夜ドライブは車も少なく快調。5時前に港に着いた。駐車場には車が2台さすがに釣り客は少ないとみえる。乗船したのは、底物師2人で上物狙いは筆者だけだった。底者2人を先に下ろして「何処行く?沖は波が高いし湾を出たとこくらいしか行けへんで」と船長。「“ナカドマル”はどやろ?」「そやな。行ってみよか」ということで上礁。“ナカドマル”は“カガリカツギ”の裏側に位置し“カガリ”が防波堤の役目をするため比較的波に強い。“カガリ”向きに釣座をとり、撒餌を入れて実釣開始。“カガリ”との水道に良いサラシが出ている。少し沖に潮目も出来ていて期待大。撒餌が効き出すと黒い影が浮いてきた。ウキ下を短く取ると一投ごとに“コッパグレ”。沖の潮目に投げると40cmほどの“鯖”が入れ喰い。反対側の“マルイシ”向かいのワンドを試すも、ワンドの中は“コッパ“少し投げると”サバ“という図式は変わらない。
 「このままではラチがあかん!」と弁当船でお磯替えを決意。竿をたたんで船を待つ。船に飛び乗り「コッパとサバで釣りにならんワ」と船長に告げると「何処行く?ドンビの奥のゴロタでもやってみるか?」「OK」でドンビへ向かう。奥の三角岩向かいに釣座を取って磯際に第一投。仕掛けがなじんだ途端ウキが消し込んだ。さほど強い引きではないが磯際だけに強引なやり取り。浮いてきたのはそこそこのグレ。慎重にタモ入れ。計ってみると34cmボウズを免れホッと一息。「よっしゃ!次」と打ち返すが“ミナミハタンポ”が寄ってしまい、入れ食い状態。曇りの予報は大外れ、日差しがガンガンの中、水分補給をしながら頑張ったが、その後グレの姿を見ることはできなかった。
 結局、グレは1枚。暑さにバテバテ、「しばらく夏休みやな」と思いながらの帰宅となった。

2005年7月16日(土)
   先週雨で流れたケンちゃんとの釣行を再度今週計画した。天気予報は「曇り時々晴れ」。 気温は勿論高くなるだろうが、GO!サイン。当日朝6時にケンちゃん到着。車に荷物を積み込み、梶賀に向けてGOGOGO!。11時頃港に到着。支度の途中で“磯靴”を車に積み忘れたことに気づいた。しかし今更どうしようもないので、船長に「磯靴忘れてもうた」と告げた。「滑るし気つけや」との一言で無事出港。
 「まだ、波が残ってるさかい、沖は行けて“カナトコ”やな」とのことで“カナトコ”に上礁。2人分の竿をセットし、船着きで竿を出す。スニーカーでの釣りは、乾いている岩の上ではかえって快適だが、濡れているとやはり滑る。「やっぱ磯靴は必需品や」と認識を撒餌賀効きはじめると案の定“アカジャコ”が湧き出した。「あ〜アッ。これじゃ釣にならんわ」とケンちゃんとぼやく。しばらく頑張ってみたがどうにもならないので、携帯電話で船長にS・O・S。竿をたたんで船を待つ。
 磯替船に乗り込むと船長が「何処行く?思い切って湾内の奥の方に行くか?」と問い掛ける。「奥の方が餌盗り少ないやろな。ほんじゃ奥!」ということで“コムケ”に向かった。上礁して、また、竿を2セット用意する。餌盗は“キタマクラ”がいるがさほど多くない様子。大型の“チヌ”も狙える場所なので気合を入れなおしてキャストする。ケンちゃんの竿が曲がった。抜き上げてキャッチした20cmほどの魚を「これ何?」とぶら下げて尋ねる。「“カンパチ”の子やね。もうちょっと大きかったら良く引くんやけど。高級魚やからキープしとこか」ということでクーラーへ。小さいながらポツポツ“グレ“も喰ってはくる。少しましな引きで25cmのグレが釣れたのが6時近く。しばらく粘ってみたが撤収じかんが迫ってきたので道具を仕舞って船を待った。
ケンちゃんと秋にまた一緒に竿を出す約束をして帰路についた。

2005年7月9日(土)
   今週は久々にケンちゃんからお誘いが掛かり一緒に釣行する予定だった。前日の昼頃天気予報で確認すると「雨時々曇り」と言う予報。相談の結果、取りやめとあいなった。
夕方、今一度と天気予報を確認。「曇り時々雨」に変わっている。「行けるジャン。どないしょ?」と一時考えた。雨が降るのは確実なようだし、経験の少ないケンちゃんには辛い釣になると思われたので1人で出かけることにした。
 当日、自宅を出た時点では曇空。しかし、吉野に差し掛かったあたりからポツポツきはじめ、梶賀に着いた時にはドシャブリ。半夜釣の客は他にはいない。正午の出船時刻には降りが弱くなり、いざ出港。波も多少あるので、“オベラの奥”に上礁した。仕掛けを準備していると猛烈な雨。勿論レインウエアは着ているのだが腕が水平より上を向くと水が袖口から浸入してくる。撒餌をして実釣開始。撒餌に集まってきたのは、やはり“アカジャコ”。雨は時折弱まるものの、周りの景色が白く霞むほどの激しい降りが続く。ひどい時にはウキも水しぶきで見えない状況。“アカジャコ”相手に打ち返していたが、3時頃からウネリが入り出し、霞みの中から突然大波が寄せてくるという不気味な事態に撤収を決意。船長に携帯電話で迎えをお願いした。
 迎えの船に乗り込むと「どっかでやるか?」と船長。「もう、ええわ」とギブアップ宣言。
抜け駆けすると碌な事が無いと言う見本のような1日だった。

2005年6月25日(土)
   6月の最終週。今週釣れなければ、“月間丸坊主“となってしまう。このところ”アカジャコ“にしか相手をしてもらえず大型魚の引きも味わっていない。それでも「今度こそは…」セッセと通い続けているが、「今年の梅雨グレシーズンはもう釣れへんのちゃうやろか?」ふと頭をよぎる。それでも、金曜の夕方には「明日こそ…」と予約電話をしてしまう。
 早朝出発し11時頃梶賀に到着。事務所に顔を出す。「何処へいきますか?」と船長。「餌取りの少ないとこ」と言うと「沖はあかんで、まだ“カガリ”周りがましと思うけど」とのこと。“カガリ”に決定。12時に出港。”カガリの東“O氏他1名を下ろし、”カガリの西”でお声がかかった。上礁し、まずは左側の“神津の鼻”向かいに釣り座をとった。撒餌を入れ様子を伺うが餌盗りはあまり出てこない。「これはいけるかも」と第一投。餌は齧られるが棚までは落ちている。磯際を数投探ってみたが反応が今一。沖の潮目に遠投してみた。仕掛けがなじむ前に道糸が沖に向かって走った!「な、何だ!」オープンベールから道糸が引き出されそうになり、あわててベールを戻してレバーを目いっぱい握りしめる。左手の根を回られないよう竿をあおり強引に巻き取りにかかる。青物なのは明らかだが何なんでしょ?浮いてきた魚体には迷彩模様が!ガックシ“鯖”ジャン。45cmほどの大型だった。
 その後、磯際から沖まで探ったがコッパグレが1匹きたもののうねりが大きくなり釣辛くなったので、船付きに場所移動。“ドンビ“向きに竿を出すことにした。
 磯際から竿1本ほど沖を2尋半で流していると、ウキが消し込んだ。合わせると久々の大型魚の引き。1.5号の竿が満月になっている。グレなら50cmクラス・・・なんだけど、コンコン頭を振りながら上がってきたのはヤッパリ“サンノジ”。45cm。すぐ後またまた、コンコン40cm。“イトフエフキ”30cmをはさんで“サンちゃん3号“30cm。退屈しません。
 少し喰いが止まったので、右奥の“奥ドマル“との水道を試して見たが、2匹立て続けに”ハリセンボン“。ここは”ハリセンボン“の巣か?早々に切り上げて元の釣座に戻ってふと見ると最初に竿を出した右側に良い潮目が出来ていて気配ムンムン。潮が上げてきて飛沫がかかっているが再度トライ。5時半頃やっと来ました。久々のグレの引き。波でタモの届くところまで降りられないので、波にのせてずり上げたのは33cm。やっとボウズを免れた。
 「もう少し大きいのを」と竿を振るもあたり無くタイムアップ。“月間丸坊主“だけは何とか免れほっと一息。また次週がんばろう!!

2005年6月18日(土)
   5月の半ばからずっとボウズ続きで、しばらくグレの顔を見ていない。(人の釣ったのは一杯見ているが…)ボウズの釣行記というのは誠に書き辛く、「明日明日」と先延ばしにしてしまう。そんなのが2週分も溜まると「もうHPなんぞ止めよか」となる。
 なんでこんな前振りになったかというと今週もボウズ。グレを釣った記事を読みたい方は、また1週間してから来てください。ボウズ話で同病合い哀れみたい方・溜飲を下げたい方は続けて読んでください。
 今週のボウズ磯は“カナトコ”。昨年9月に超バラシを味わった磯である。船付きに釣座を取って磯際に撒餌を入れる。竿をセットしている間に磯際はまっ赤々!“アカジャコ(ネンブツダイ)”が海面を盛り上げるほど沸いている。「タラリーン!こりゃいかん」早くもあきらめモード。磯際に撒餌をしておいて遠投を試みたがウキの着水音に“アカジャコ”が海面で飛び跳ねるのが見える。
 沖向きは大きなウネリが押し寄せてきて底までグチャグチャに掻き回されていてつりにならず。“アカジャコ”が散ることを期待して最後まで粘ったが、結局“アカジャコ”の粘りに負けてしまった。まいりました!

2005年6月12日(日)
   台風4号が南方海上を通過し太平洋沿岸は、土曜日まで大荒れ。日曜日には何とか船が出るだろうと前日誠丸に電話を入れた。「明日、半夜で行きたいんやけど」「はいよ、わかった」との返事。仕事を控えた日曜日の半夜釣りは体力的にはきついが行けないフラストレーションを思うとどうということは無い。早めに寝て、朝6時半に梶賀へ向けて出発。
 事務所に顔を出し船長に「波は収まったみたいやね」と言うと「なに言ってる、沖はまだ荒れてるさー」とのこと。出港して大黒方面に近づくと、なるほどかなりのウネリが残っており数メートルの波しぶきが上がっている磯も見受けられる。ソコブに2人降ろした後で「何処行く?内側の磯の方が竿出しやすいで」と船上での打ち合わせ。迷った末「ドンビの奥どうやろ?」「行ってみるか」でUターン。荒れてる時は“ドンビの奥”にグレが入ってくる確率が高くなるなるので期待して向った。が、朝は空いていたという奥に人影。他渡船が押さえてしまっていた。“高い低い”にも人影がある。「入っとるなー。どうする?真中に居るのO氏やけど、1時上がりやから入るか?」「ほな、そうしょうか」ということで“ドンビの真中”に上礁。O氏に「どうでっか」と聞くと「25cmくらいの1匹だけ」とのこと、期待薄か?
 とりあえずO氏の右側から竿を出す。撒餌をすると“赤ジャコ(ネンブツダイ)”がわんさか寄ってくる。無論、付餌はすぐに齧られ、ウキに反応が出て合わせると“アカジャコ”が針に掛かってあがってくる。付餌を早く沈めるためウキを替え錘を増やす。棚まで付餌はもつが喰ってくるのはやはり“アカジャコ”。1時の船でO氏が帰ってから、いろいろなポイントを探るが釣れるのはしつこいようだが“アカジャコ”ばかり。遠投するとハリスが齧られ、たまに“キタマクラ”が掛かってくる。“高い低い”では小さいながらグレが上がっているようだ。“奥”でもタモを出しているのが見て取れる。やはり“奥”が狙い目であったようだ。“真ん中だけが蚊帳の外。そのまま時間だけが過ぎ、ボウズのままタイムアウト。
“キタマクラ”と “ネンブツダイ”その上“ボウズ”じゃ話が出来すぎ。だけど、笑えましぇん。

2005年6月4日(土)
   この日、ドイツワールドカップアジア最終予選の日本VSバーレーンがAM1:30キックオフで行われた。見るべきかどうかで迷ったが「やっぱ見とかんと」ということで10時に就寝。1時半に起きだして、テレビ観戦。1−0で勝ちました! よしよし、安心してもう一眠り。
 眠い目を擦りながら7時に自宅を出発、梶賀へ向う。誠丸の駐車場は満杯。港に車を止め,事務所に顔を出す。船長は不在で奥さんとしばし談笑し、港へ降りて仕度をする。しばらくして船長登場。「ウネリ残ってんのん?」と聞くと「まだ有るのー。沖磯も出られるけど、着けられるとこは限られるで」とのこと。磯はおまかせということで出港。
 “ダンゾの島”で二人降し、次の“ダンゾの地”でお声が掛かり上礁。朝からの釣師が3人竿を出している。「どうですか?」と聞くと「あかんわ。餌盗りはおるけどグレは喰わんわ。これから上潮でええんとちゃうか」とのこと。竿をセットしていると先端のコブで竿が曲がっている。仲間がタモ網を入れたが「サンノジや」と悔しそうにリリース。サンノジを機に3人は帰り支度を始めた。竿のセットを終えて、先端のコブへ。“ダンゾの島”に遮られて波は幾分弱くなるが、それでも磯際はサラシが大きく広がり釣りにくい状況。撒き餌をするとアカジャコ(ネンブツダイ)がワッと群がってくる。波と餌盗り対策で重めの仕掛けで実著開始。しかし、掛かってくるのはアカジャコばかり。1時間ほどして潮が上げてきて釣座に波が被るようになったのを機に左側奥のワンドに移動。
 波のある時、静かなワンドでグレが入れ喰いになることがままある。ワンドの真ん中に仕掛けを放り込むと“ダンゾの島”から寄せる波で手前の磯際によってきてしまう。そのまま波に任せておくと手前で根掛かりするので、糸を張り磯際で仕掛けをキープする。 数投目少し沖でウキが沈んだ。最初は良く引いたがすぐに力尽きヘロヘロと上がってきたのは“イトフエフキ”25cm。
2時頃、ウキが磯際まで寄せてきたところで消し込んだ。合わせると重量感のある引き。グングンと潜りながら左へ向かう。左側は根が張り出しており「そこはだめ!」と竿をあおったが敵はここで猛ダッシュ!強烈な締め込みで潜る潜る。思わずブレーキレバーを緩めたところでブチ切られてしまった。「嗚呼!」ボーゼンとしながら仕掛けを回収。ハリスは根擦れでザラザラ。30分ほど後、同じところでウキが入った。先ほどよりは少し引きが弱い。「今度こそ」と糸を出さずに強引にやり取り。しかし2度目の締め込みで針が外れてしまった。「Oh!My God!」2度目のバラシで意気消沈。
 その後パッタリくいが止まり、アカジャコだけが元気元気。4時頃空が急に暗くなり「ヤバッ!」とレインウエアを急いで着込んだ。着終わった直後スコールのようなドシャ降り。後で聞くとレインウエアを着る間も無く、ずぶ濡れになった釣師が多かったとのこと。  納竿間際の6時頃、“ダンゾの島”から地方向きに竿を出していた釣師に大型が掛かった。竿の曲がりからするとかなりの大物で、何とか寄せてきたところでバラシてしまったようだ。「お気の毒」と思いながら最後のチャンスと竿を持つ手に力が入る。・・・と、来ました。ウキが消し込んだ ん ですが・・・イトフエフキの30cmでした。チャンチャン。これでタイムアップ。
 先週、ボウズ・バラシ1。今週、ボウズ・バラシ2。ちゅうことは、次週は、バラシ3やろか?

2005年5月28日(土)
   前日の金曜日、職場の飲み会があり予約を入れられなかった。2次会の誘いをうまく擦りぬけ帰宅。当日の早朝、磯渡しが終わった頃を見計らって「今から行きます」と誠丸に電話を入れた。いつものとおり11時頃梶賀に到着。事務所に顔を出す。奥さんが「やっと出来てきたし」と“撒餌杓“と”金一封を「4月の賞品です。おめでとう」と言って手渡してくれた。
 誠丸では今年「開業10周年記念釣り大会」を行っており1月から4月までの各月、グレとチヌの1匹長寸で賞品を出していた。4/9に釣った43cmのグレが、たまたま4月のグレの部で1位となったようだ。4月はグレが期待薄のためたのグレ師が休んだりイカ釣りしたりで、「鬼の居ぬ間」のまぐれアタリであった。記念品の杓はチタンカップにカーボンの柄、木目の見事な握りがついた職人技の一品で「誠丸10周年記念」の文字と「名前」が入れられている特注品。(絵巻参照)思えば優勝や表彰などとは縁の無い半生であり、マグレとはいえ嬉しく、ありがたく戴くことにした。
 さて、肝心の釣りの方はというと、“ダンゾ”と“ソコブ”の間の通称“マッサン“と呼ばれる磯に上礁。朝から通し釣りの先客が高場から竿を出していたので、”ソコブ“向きの低場に釣り座をとった。磯際狙いのため道糸・ハリス共に4号をセット。最初に来たのは”ガシラ(かさご)“。しばらくしてウキがスーッと引き込まれた。合わせるとズシッとした重量感。初めは横に走りながら潜っていたが、突然猛烈な勢いで手前に突っ込んできた。「やばっ!」とばかりに思わずブレーキレバーを緩めて糸を出してしまう。直後竿先が跳ね上がってバラシ。嗚呼、無情。その後は、ガシラが1匹来ただけでこの日は終了。

2005年5月21日(土)
   「明日半夜でお願いすまーす」と予約電話を入れると「半夜かー?朝のうちがよう釣れてるで」と船長。釣れていると言われれば行きたいのが釣師の性、一瞬「どないしょ」が頭をよぎった。しかし、我が家では奥様が「睡眠不足の運転は心配だ」ということで出来るだけ寝てから出発ということになっている。したがって半夜期間中の朝釣りはご法度。「やっぱ、半夜で行くわ」と告げて電話を切った。
 朝7時に自宅を出発。1時過ぎに梶賀に到着。駐車上が満杯だったので港に車を停め、事務所に顔を出す。O氏・M氏F君と常連さん大集合だ。しばし談笑し、船長の「40分になった(港に)下りるで」を機に支度して港へ。
この時期、さすがに昼間はかなり暑い。ジャージの上を脱いでTシャツ1枚でもいいくらい。しかし風があるのでとりあえず上を着たまま乗船。12時出港、船は大黒方面を目指す。ソコブの前で「F君と一緒に行こか」と船長。ソコブの表に上礁。朝組みが3人いるため5人が表側にかたまった。少し窮屈なので「とりあえず裏の船着きの様子を見てくるか」と移動を開始。重い荷物を持って幾つものコブを越えヒーヒー言いながら裏側に到着。
一息入れて、釣り開始。裏には日陰があるので表よりは幾分すごしやすい。数投したところでアタリがあったが喰いが浅いのか針外れ。以後喰ってこない時間が続く。奥のワンドをズボ釣りで探ってみたがアカジャコだらけでここも不発。船着きに戻ってやっと来たのはメバルだった。
 表はいかがかと覗いてみると朝組み2人が引き上げF君とM君2人になっていた。M君が左側の先端、F君はダンゾ向かいで竿を出しており右のポイントが空いている。撒き餌の入ったバッカンを右側のポイントに置いて戦闘再開。しかし、魚の活性は低くつけ餌が残ってくる。何かが動いている気配に左を覗うとF君が竿を曲げている。40cm程のグレ。しばらくしてまた掛けた。普段は誰も竿を出さないポイントで隣のM君も「どないなってんねん」と呆れ顔。こちらは、ガシラを2匹、最後に25cm程のグレが来たが明らかにリリースサイズ。その間もF君は釣り続け40〜50cmのグレを4匹と言う釣果。この日のソコブは、F君の一人舞台。「あのまま、船着きで我慢していたら」とも思ったが後の祭り。いや、まいりました!!。

2005年5月14日(土)
   前日、誠丸に予約電話を入れると「5号巻いてこんとあかんで、バラシばっかりや」と船長の忠告。「おーおー!爆釣シーズン到来か?」と期待を膨らませ早めに就寝。翌朝、目覚まし時計無しでお目々パッチリ、梶賀へ向う。11時過ぎ梶賀着。事務所でしばし談笑し、港へ降りる。半夜の客は7人程、船に乗り込み12時出港。大黒方面を目指して船は進む。 “船隠し“の前でスピードダウン「O氏に餌渡したって」と船長。ボイルのオキアミ2枚を朝から通し釣りのO氏に手渡す。「そこ空いてるし行くか?」「ほーい」と”船隠し“に上礁。
 「どおでっか?」と聞いてみると「小さいのがボチボチやね」とのこと。右側に入って仕掛けをセット、撒き餌を入れて準備完了。とりあえず磯際を2尋半から探っていく。3尋半でウキが沈んだ。合わせをくれるとそこそこの引き。前に足場を移し根擦れ防ぐ。魚が左に走り引っ張られる形でO氏の釣り座の前まで行ってしまった。コンコンと頭を振っているので「こりゃグレちゃうで」と思いながら浮かせにかかる。浮いてきたのは少し白っぽいがグレちゃんだった。「グレや!」と言うと、O氏がタモ網を出して掬ってくれた。「ありがと」と受け取ったのは36cmのグレ。
 しかしここからまったくアタリなし、O氏もカワハギと遊んでいるのを目撃した他にはこれと行った釣果は無いようだ。久々の隅1釣行となってしまった。
 港に帰って腹を開いて貰うとまだ白子を持っていた。2匹釣っていたM氏が白子は要らないということで「持って帰るか?」と船長。有難く頂いて帰り、翌日実家の両親にプレゼント。「こりゃうまい!」と喜んでパクパク。人の白子で親孝行。ま、いいか。

2005年5月5日(木)
   ゴールデンウィークの前半、仕事が入り潰れてしまった。やっとこさ釣りに行けるようになったのが子供の日の5日。早朝パッチリ眼が覚め、一路梶賀へ。駐車スペースに車を停め事務所に行ったが、まだ開いていないので港に下りてみると何やら町の人がワイワイガヤガヤ。船長と奥さんも腕に何やら抱えて談笑している。奥さんが気づいて「御餅拾た?」「?何かあったん?」「ダイビングセンターのお披露目で餅撒きがあっったんよ」とのこと。なるほど納得。事務所に戻って「今日は釣れてるのん?」「朝からバラシとるみたいやけど、潮の色が悪いわ」「ふーん」などとしばし雑談。
 港に降り乗船。今日の半夜の釣り人は5人。正午出港、船は解禁になったばかりの“大黒方面”を目指す。海の色が白っぽくて良くないと聞いていたが、なるほど変な色をしている。メロンソーダにアイスクリームを浮かべてそれをかき混ぜたような透明感の無い緑色だ。(わかり難い表現!)いつもの紺色がかった青(藍)とはかなり違っている。「こんなんで釣れるんやろか?」と思ううちに船は“ソコブ”に着いた。「朝組は1時上がりやし、行くか?」と船長。
T父娘と“ソコブ”に上礁。T父は鬚面のオヤジであるが、娘さんは小学校6年生の可愛い盛り。2年前にも一緒になったが子供の成長は早いもので全く別人の様に成長している。
 朝組に挨拶するとおなじみのF君だった。「どう?」と聞くと「朝から4発バラしましてん」「尾長か?」「そうや思うけど」とのこと。タイドプールには50cm近い“サンノジ”が数匹放してある。先端に入れてもらって準備をしていると「×¥$@&」と訳のわからないF君の声。「また切られた」とわめいている。「また切られたん?」と聞くと「恥ずかしいからホームページに載せんといてくださいね」「…(HPのこと)知ってんの」「知ってますよ」ときた。ついに誠丸の常連にHPの存在を知られる日を迎えてしまった。「この人読んでるな」と思うと結構照れくさい。「F君バラシ、て書いとくわ。ネタをありがとう」と言っておく。
 朝組がお迎え船で帰り、さあこれからが本番と仕掛けを打ち返す。しかし、アタリはおろか付け餌もなかなか取られない状況が続く。「“サンノジ”でもいいから喰ってきて」と祈ったが通じず。船着きのワンドに遠征し“ズボ釣り”を試みたが“ミナミハタンポ”の入食いで空振り。表に戻って再びがんばるも、竿を曲げてくれたのは“イサキ“の25cm1匹だけ。おまけに4時を過ぎた頃から海が荒れ出し、時折釣り座までしぶきが掛かるようになってきた。5時には全く釣りをできる状態でなくなり、撤収準備。T父娘も竿を仕舞いはじめた。5時半には危険と判断した船長が迎えにきた。波で上下する船に飛び乗った。T嬢は、「恐い恐い」とキャーキャー言いながら乗り込み「スリルあるわー」と喜んでいる。他の渡船も早めの撤収にかかっている。
 港に帰って「ボウズですわ」と告げると「潮が悪いからなー」と船長。これでゴールデンウイークただ1度の釣行は終わってしまった。

2005年4月21日(土)
   前日、誠丸に予約電話を入れると船長が出た。「明日行きますんで」というと「グレやるんか?」と聞かれ「グレや。他に何すんの」「イカでもやるんか思て」「やってもチヌ狙いまでやわ」などと釣師ジョークをとばしながら予約完了。
 1時に自宅を出発。4時過ぎに梶賀着。先着の釣り師はすでに仕度を終えている。「40分には(港に)降りるで」と船長にせかされて急いで釣り仕度。港で準備運動をしていると船長がきて「今日は沖磯行くで。たまにはええやろ?」と聞かれ「うん」と回答。  港を出た誠丸はいつもとは違い沖磯を目指して一目散。“神津の鼻”の沖で「小鼻行くから用意して!」と船長の声がかかる。“小鼻”に船を着けようと船首を寄せていくとE渡船が横に突っ込んできた。船付きにO氏と飛び降り釣り座を確保。E渡船も大急ぎで2人降ろして“大鼻”に船首を向け去っていった。
 常連のO氏と船着きで用意を始める。E渡船の客は“定置網のロープ脇”と“大鼻”向かいに釣り座をとった。“神津の鼻”は梶賀で最も有名な名礁だが、普段は混み合って場所取り合戦が熾烈なため誠丸は着けることがめったにない。磯数が多くどこでもそこそこ釣れるから「わざわざそんなところに行かなくても」と言うのが船長の考え方。今日はどの渡船も客が少ないとふんでのサービスデーのようだ。  釣り始めた当初は、潮がゆっくり右(大鼻方向)に流れていた。1時間ほどして止まり、次は左へ。潮が安定していない。弁当船までに釣れたのはベラが2匹。ロープ横のE渡船の客は40cmほどのグレを釣り上げて、弁当船で大鼻へ磯替えしていった。弁当を食べた後で潮が変わり、かなりの勢いで左(三木崎方面)に流れ出した。O氏が「この潮に乗せて流すと爆釣のはずなんやけど」と言った直後グレを掛けた。30cmに少し足りないサイズだったが「よっしゃ。地合いや」と張り切る2人。しかし、その後はアタリ無く空しく仕掛けを打ち返すうちにまた潮が変わってしまった。10時を過ぎてE渡船のもう1人も磯替えしていき占有状態。11時ころO氏の竿が大きく曲がった。曲がりのわりにすんなり上がってきたのは50cm弱の“アズキマス(キジハタ)”だった。正直羨ましい。続いて尾長グレらしきアタリがあったがチモトでハリスを切られたとのこと。
 昼前に潮が右にゆっくり流れ出したので、大鼻向かいに釣り座を移動。潮目やヨレを流していると、やっとこさアタリがあった。引きを十分楽しんでタモに収めたのは33cmの口太グレ。この時期にまだお腹パンパン白子が肛門から滴っている。結局この日はこの1匹だけに終わった。港に戻って内蔵を出してもらうと案の定、大きな白子が出てきてニンマリ。O氏は“アズキマス”を手に写真に収まっていた。
 5月に入ると“大黒”方面の磯が解禁になり“半夜釣り“がスタート!。グレの活性も上がってくる。請うご期待!!

2005年4月16日(土)
   年に1・2回「この釣行は行かなかったことにしたい!」という日がある。今回はまさにそれにあたる。当然HPにも載せたくはないのだが、行ったら更新と決めているのでキーボードに向っている。嗚呼!筆が重い!!。
 前日誠丸に予約電話を入れると「出船早よなっとるで。5時やで。」と念を押された。1時少し前には出発しようと、9時過ぎに寝床へ。12時半に飛び起き、シャワーを浴びて梶賀へ向って出発した。4時20分頃梶賀着。4時40分には乗船ということなので急いで仕度し港へ。今日も上物狙いは、3人1組だけ。底物3人にイカ10人といったところ。船に乗り込んだところで「カガリに行くやろ?」と船長。「うん」で先週に続きカガリに決定。出港してまずは“見張下”に船首が向く。今日は梶賀側から磯着けするようだ。“見張下”の先端に上物の3人組を渡し、“ドンビ”まで順番に下ろしていき“オベラ”方面へ。“カガリの南”に底物師を1人降ろして後“東”に上礁。
 例によって“ワレ”に釣り座をとった。仕掛けは先週同様、道糸・ハリス3号・Bのウキに沈め錘Bを噛み付けた。撒餌をし棚4尋から始める。3投目早くもウキが沈んだ。グレっぽい引きで「今日もいけるかも!?」と思ったとたん竿先が跳ね上がった。「アヘ!」仕掛けを回収すると針は付いている。「針外れかー。喰いが今一浅いのか?バラシた後は喰いが止まるやろか」と色々なことが頭を駆け巡る。気を取り直して打ち返していると、またまたウキが沈んだ。先程よりも弱い引きで上がってきたのは30cmのグレちゃん。「あーよかった」と一安心。続いて竿先に強烈なアタリ。最初は、ガンガン潜っていたが途中から右へ左へ走りまわるようになった。「こりゃグレちゃうで!」と思いながらも顔を確かめたい。腕がだるくなった頃ようやく姿を現した。「イスズミじゃん!」タモ入れ一発45cmのイスちゃんだった。ウンチを撒き散らされないようタモからリリース。また、数投目にアタリ。29cmのグレ。入食いに近い頻度である。またまた数投して喰ってきた。引きからすると40cm弱のグレか。2度目の締め込みに耐えていたところで“バラバラバラ!!”とリールから糸が出て、竿先が軽くなった。「???」慌ててリールを見るとベールがオープンになってしまっている。ベールを戻して糸を巻くとまだ魚が付いている感触があったが、すぐに軽くなってしまった。「バッバッバラした!!」こんな情けないバラし方ここしばらくありまっしぇん。オープンベールから戻すときに確実に操作をしていれば…。
 これが7時までの出来事。その後バラシが効いたのか喰いが止まってしまった。その上“タカベ”が大集合。釣りにならなくなってしまった。裏のズボ釣りポイントも不発で7時から2時までの長い時間を夢よもう一発と打ち返したが虚しい努力で終わってしまった。
もしかしたら大釣りのパターンをしょうもないミスで台無しにしてしまったことが悔やまれる。
 港に戻っても船長に「ベールが…」とは言えず「針外れで2匹バラした」とごまかした。
ボウズは免れたとはいえ「あーもったいない!」と言う1日だった。反省!!
2005年4月9日(土)
   遅れていた桜が満開の週末、「帰り道混むし、釣れん時期やし」ということで行こうかどうかを迷っていたが前日夕方になると腕が禁断症状で震えだし、勝手に誠丸にダイヤルし予約電話を入れてしまった。奥さんが出て「明日行きたいんやけど」と言うと「グレですか?」と聞き返す。「…チヌでも狙おうかなと…」グレ狙いだと言えずシドロモドロの返事になってしまった。
 早寝して深夜1時に時自宅を出発。餌を仕入れて梶賀に着いたのは4時半だった。事務所に顔を出ししばし雑談。「グレはあかんか?」と聞くと「あかんな〜。今日は何処行く?何処でもええで」「弁当船まで“カガリ”でグレ狙うて、あかんかったら湾内でチヌでもやってみるわ」「よっしゃ」で磯が決定。港に降りて釣り客を見ると、イカ狙いが4名、底物師2名でグレ狙いは他にいなかった。「なるほど何処でも良いわけだ」。5時15分に出船。いつもならグレのポイントから磯渡しするところだがこの時期イカのポイントが激戦とみえて“カガリ”を素通りし“オベラ“の奥に直行。イカ師を降ろし、底物師の後やっと“カガリ”に上礁した。“カガリの東“一人占めはあまりないことなのですこぶる気分が良い。”ワレ“に釣り座を取って撒餌を入れる。道糸・ハリス共に3号、オモリ負荷BのウキにガンダマBをウキ下に噛み付けた軽めの仕掛けで棚4尋からさぐりはじめた。3投目、沈み根の先に投入した仕掛けが棚まで落ちる前に道糸が走りウキが引き込まれた。そこそこの引きでグレかと思わせたが、30cmほどのイスズミが顔を見せた。イスズミが喰ってくるということは、悪い潮ではなさそう。その後5投ほどでウキにアタリ。「またイスズミか?」と期待半分でやり取り。浮いてきたのは30cmほどの尾長グレだった。タモで掬って一安心。久々にボウズを脱出。
 7時少し前、沖にできた潮目に向けて仕掛けを流していると竿先にアタリがきた。合わせると重量感のある引き。磯の前まで出て両腕で突っ込みに耐える。3度の締め込みをかわしてウキが見えたがなかなか魚体が見えてこない。バラさないように慎重に浮かせるとやはりかなりの良型グレだった。思わず「良型!」と叫んでしまう。(誰もおらんのやけど)弱るまで十分待ってタモ入れ。少しもたついたが何とか取り込んだのは43cmの尾長グレ。久々の40オーバーにニッコニコ。8時過ぎの弁当船までに30cmの尾長と口太を追加した。
 弁当の受取で乗船。船長に「40オーバーと小さいの3匹釣れたで!」と報告。「昨日まで全然あかんかったのに、判らんもんやな」と変な感心の仕方をされた。弁当を食べてからは、アタリが遠のいたので裏のズボ釣りポイントを試すことにした。スボ釣り仕掛けをセットし撒餌をしてしばらくするとタカベがわんさかやって来た。「表にいないと思ったら、裏でしたか」と早々に切り上げ、表に戻った。喰いが渋いのでウキを-00とし。ハリスにジンタンを噛みつけウキ止めをはずした。餌を先頭に仕掛け全体がゆっくり沈んで行くいわゆる「ゼロスルスル」に近い仕掛けである。11時を回って久々のアタリ、程よい引きで楽しませてくれたのは、35cmの尾長グレ。正午の干潮時「潮止まりで食ってこんやろ」と油断していたところに竿先にアタリ。ベールをオープンにしていたのでスプールを抑えていた指をはじいて道糸が引っ張り出される。あわてて合わせをくれ、ベールを戻しやり取り開始。きっちり3回締め込んでくれたのは、37cmの尾長だった。その後期待していた上げ潮時にはアタリが無く撤収時刻となった。
 港に戻って釣果をご開帳。「これだけまとまってグレが釣れたん見るんは、久しぶりや」と常連M氏。「写真撮ろか」と船長。久々の「誠丸HP」への顔見世である。例年、桜の咲く時期は「桜メジナ(グレ)」と言われグレの釣果はあがらないが、今日は大満足の1日だった。
2005年4月1日(金)
   コンピュータシステムのメンテナンスが行われ、仕事にならなくなってしまったこの日、誰憚ることなく平日休みが取れるという稀有な事態に、躊躇なく釣行決定。さて、行き先は?観光気分の新規釣り場開拓で“新鹿”に決定。渡船屋さんを紹介してもらおうと“釣り餌吉野”の店主に電話した。「岩本渡船に電話入れとくわ」と店主。餌の予約をして早めに就寝。1時に出撃した。
 4時頃“釣り餌吉野“に到着。渡船への道順と状況を取材し、餌を積み込んで新鹿へ。港の駐車スペースに車を停めた。すでに車が5台、出船を待って停まっている。5時前、着替えが終わったところに船長と奥さんが登場。「吉野さんの紹介の人やね。あまり良い時期やないけど」と気の毒そうに話し掛けてきてくれた気さくな船長は、トンネルズのノリさんの20年後といった感じ。湾内に停めてある船を船長が取りに行っている間、奥さんと一言二言会話をかわす。釣り客は6人。車1台に1人で全員単独釣行だった。船に乗り込み、奥さんに「がんばってや」と見送られて出港。
 初めての景色にアッチコッチキョロキョロ眺めまわす。“遊木戸島”を過ぎ“オリト”の前でスローダウン。「“船着き”フカセの人降りんか?」と船長。誰も降りる様子がないので「行きます」と申し出て舳先へ移動。“オリトの船着き”に上礁。「右手のコブを越えたとこ…」と船長がポイントを教えてくれ、そこに釣り座を取ったのを見届けて次の磯に向って行った。  道糸・ハリス共に3号、棚3尋から探りはじめる。4尋半まで落としたところで付け餌が盗られた。餌を取られた周辺を探っているとウキがしもり、竿先にコツンときた。軽いやりとりで上がってきたのは23cmのイサキ。その後もウキはしもるのだが針掛かりしない。そのうちあたりも無くなってしまった。弁当船が来て、弁当配りの手伝いをしている釣師が「どうですか?」と聞いてきた。「イサキの小さいのが1匹だけ」と回答。「がんばってください」と言って去っていった。
 さっそく弁当を頬張りお茶を飲んで一息いれた。再度気合を入れなおして仕掛けを打ち返す。同サイズのイサキを追加。しばらくしてウキを沈めて釣っていると竿先にアタリがきた。イサキか?と思ったがグレの引き。慎重に浮かせると30cmほどのグレだった。ヨッシャとタモで掬いメジャーで測ってみると30cmに2cm足りまっしぇん。しかしグレの可能性が見えたので張り切って打ち返したが、その後イサキの同サイズを1匹追加しただけでタイムオーバー。残念ながらボウズと相成った。
 迎えの船は若船長の操船。港には船長がお孫さんを抱き、奥さん娘さんと一家総出でおで迎え。「どやった」「イサキ3匹とグレが1つ」「まあ、釣れん時期やからな。また、ええ時来てや」「そんじゃまた」ということで帰路についた。
2005年3月26日(土)
   前日、サッカーワールドカップドイツ大会のアジア最終予選“イランvs日本が22時半キックオフで行われた。サッカー見たい。でも釣りにも行きたい。見た後出発すると一睡もできない、それはちょっと辛い。で、前々日釣り道具を車に積み込み、仕事を終えてそのまま梶賀へ直行。22時過ぎに誠丸の個室仮眠所に入室。コインテレビでサッカー観戦とあいなった。ご存知のとおり2-1で負けちゃったよー!即就寝。
 5時前に船長の「おはよー」で起床。仕度をして事務所に顔を出した。「昨日は何時頃着いたん?」と船長。「10時過ぎについてサッカー見ててん」「どやった」「負けたわ」「ふーん。ま、あんまり関係ないけど」と船長は興味が無い様子。
 5時半出船、港に降りる。釣り客は、7人、そのうち2人は“アオリイカ”狙いである。船長の「何処行く?」に「カガリの東は?」と聞くと「ええけど、風で釣りにならんかも知れんで」とのこと。先にドンビに3人降ろし、カガリに方面に向かった。ナカドマルで常連の“釣りキチ夫妻”を降ろし、次のカガリに上礁。
 なるほど風がかなりあるが釣りにならないというほどではない。撒餌をして竿をセットする。風対策で3Bのウキに2BとBのガンダマを噛付けシモリ気味に調整して第1投。仕掛けがなじんだなと思ったらそのままウキが沈んでいく。「そんなにオモリ打ってないのに?」と竿をゆっくりあおるとググンと言う引き。「一投目から幸先良いじゃん!」とご機嫌でやり取り。てっきりグレだと思ったが浮いてきたのは残念ながら“イズスミ”(35cm)だった。1日中生物反応が無いこともあるこの時期、魚の引きを味わえただけでもありがたい。次はグレだ!と期待をこめて打ち返すが次が来ない。そのうち“タカベ”がちらほら見え始めた。やばい!みるみる数が増えていき撒餌をするたび黒い集団が移動しバシャバシャ飛び跳ねるまでになってしまった。生物反応有り過ぎ。こうなるともう釣りにならない。裏の“ズボ釣り“ポイントも底まで見える状態で不発。弁当船での磯替えを決意した。
 弁当船が突然裏側から姿をあらわした。見ると“ナカドマル”に上がった“釣りキチ夫妻”が伸ばしたままの竿を片手に乗っている。乗船して「“ナカドマル”もあきませんか?」と聞くと「タカベだらけで釣りにならん」とのこと。船は“見張り下”に向って進み、その奥の“壁”の前で停止した。「ここんとこ誰も上がってへんからそこやってみ」と船長。狭い釣り座なのであまり好きな場所ではないが、「ヨッシャ」よ気合を入れなおして上礁。撒餌さをし、仕掛けを深棚用に作りなおした。磯際を7〜8尋の棚で探っていく。昼近くなってやっとウキに反応があった。まず、“クサフグ”が膨れっ面で上がってきた。それからしばらくしてウキがユルユルと沈んだ。たいした抵抗もせずにあがってきたのは、“ガシラ(カサゴ)”。次も30cmほどの良い型の“ガシラ“。ほんでもって、もう一発”ガシラ“。とどめは、てっきり根掛りかと竿をあおるとドンドロドンドロと言う変な引き。グネグネしながら浮いてきたのは、1mほどの”ウツボちゃん“。”ウツボ“を最後にアタリが無くなった。
 とうとうグレチャンの姿は見られなかったが、「この時期こんなもんでしょ」と帰り支度。この日のグレ狙いは全滅。“アオリイカ”は2kgオーバーの大物が上がっていた。腹を開いてもらったときに「ええ“ガシラ”や。から揚げにしたら美味いで」と“ガシラ”でも誉めるしかない船長なのでした。
2005年3月19日(土)
  このところずっと梶賀に通っていたので、たまには違う風景の中で釣りをしたいと思い立ち、渡船区を変えてみた。予約電話を入れたのは、二木島のマルヒサ渡船。「明日行きたいんですけど」と言うと「あーそう」とそっけない。ま、どこの船頭さんも最初のうちはそんなもんなので気にせず、早寝して1時に出発。二木島は、梶賀の南隣の渡船区になり“三宅”“ヨコゾノ”などは共用磯になっている。“三宅”に上礁した時などかねがね「この向こうにも行ってみたいな」と思っていたのを実行した訳である。
 いつもの“釣り餌吉野”で餌を仕入、ついでに二木島の情報も仕入た。航空写真の解説本を指差しながら「“寺島”が本命磯やけど争奪戦が激しいで。次の狙い目は“笹野島”やな」などと解説してくれるのを「なるほど」と一応頭に入れようと試みる。しかし実際行ったことが無い磯の名前と場所はなかなか一致しない。とりあえず渡船への道順を頭に残して店を出た。R42に出てすぐの交差点を新鹿方面に右折。クネクネ道を降りて新鹿・遊木を経由して二木島の港に到着。一応憶えたとおりに渡船屋さんを探しすも、それらしき看板が見当たらない。ウロウロしているとオジサンが通りかかったので「すいません。マルヒサ渡船てどこですか?」と聞くと今までウロウロしていたちょっと先とのこと。何とか無事駐車スペースに滑り込んだ。着替えをして、船着き場にあるテントの待合場所で待つことしばし、船長の登場である。元阪神の川藤のような雰囲気、だが常連さんと話すときは笑顔がこぼれている。客は17人ほど、まだ暗いうちからゾロゾロと船に乗り込んだ。港を出て右(南)側の磯から降ろし始める。「何処そこ降りんかー?」と船長が聞き希望者が降りていくシステムのようだ。しかし、“寺島”“ホーロク”といった沖磯に希望者が多くなかなか人数が減っていかない。「“弁天”おらんかー」に誰も答えないので。「行きますわ」と答えて舳先に移動。サーチライトに照らされながら上礁した。薄暗い中で仕掛け作り。ポイントが判らないので、とりあえず船付の横で竿を出してみた。棚を3尋からだんだん深く探ってみるが反応無し。そうこうしていると右手に見える“寺島”で竿を曲げている。「さすが、一級磯!こちらもそろそろ来ないかな」と打ち返していると、また“寺島”で魚とやり取りしている姿が見えた。少しあせりが出て“釣り餌吉野“に電話を入れポイントをレクチャーしてもらうことにした。「”弁天”に上がったんやけど、ポイント教えて」「船着きやのうて、右手の釣り座やってみ」とのことで移動。また3尋から8尋まで探りなおしたが不発。弁当船で磯替えしようかとも思ったが、磯替えの「い」の字も言わないうちに「棚深せんと釣れへんで」と言って去っていった。結局その後、あっちゃこっちゃで竿を出したが一度のアタリも無く“♪ピッカピッカのマルボウズ♪”で終了。
 港に帰って“寺島“での釣果を見てサプライズ!実寸55cmの白子でお腹パンパンの口太グレが上がっていた。釣った人は鼻高々。周りの釣師は涎を垂らさんばかりの表情でうらやましげに眺めている。いつまでも眺めていてもしかたがないので、涎をぬぐって帰り仕度を急いだ。

2005年3月10日(木)
   ここのところ続いている奇病「隅1病」治療のため、特効薬のA級ポイントでの竿出しを目論んで休みを取って梶賀へ向った。案の定、客は4人で内2人は"アオリイカ"狙いである。船に乗り込むと久々に船長が「何処行く?何処でも好きな所行くで」と聞いてくる。ここしか無いと決めていた「カガリの東がええわ」と回答。上物狙いのもう一人X氏と"カガリの東"に上礁。"ワレ"に釣り座を取った。X氏は"船付き"で竿を出すようす。撒餌をし、仕掛けをセットして棚3尋から探りはじめた。棚を4尋半にしたところで、ウキがユラッと入った。合わせるとグングンという中型グレの引き。「ヨッシャ!まず1匹」と磯際まで前に出て慎重にやり取り、浮いてきたグレは40cm程か。十分弱らせたところで竿を左手に持ち替え少し後退してタモを取ろうとした。そこにグレが最後のあがき、左腕で十分耐えられる引きだったのだが竿先が跳ね上がった?!。「まさか?」ばらすような状況では無かっただけにショックが大きい。回収した仕掛けを点検すると、針の結び目が解け"ブタの尻尾"のように螺旋に巻いている。結びがあまかった!なんという初歩的なミス。でも最初の強い締め込みでは解けなかったのに何で?。訳がわからん。
 気を取り直して今度はしっかり針結び。逃げたグレちゃんが仲間に針を見せびらかしていないことを願いつつ仕掛けを打ち返す。10投ほどでまたウキに反応。がっちり合わせて慎重に浮かせたのは、さっきよりやや小ぶりのグレ。手近に置いておいたタモで掬ってホッと一息。38cmのグレだった。「ヨッシャ。もう1匹!」と気合を入れなおしたが、なぜかこの低水温期に餌盗りの"タカベ"がわんさか集まって来て撒餌を争奪しはじめた。さらに"ボラ"の集団が悠々と現れ居座ってしまった。刺し餌は棚まで通るので餌盗り集団の真中に仕掛けを流していると、いきなり竿先を引っ手繰られた。左右に走リ回る引きに「ボラが掛かってしもた」といいかげんなやり取り。しかし、ボラにしてはおかしな引きで時々フワッと軽くなったりする。水面近くでヒラを打った時大きな背鰭がチラリ。「ボラにあんなんあったっけ?もしかして!」と思った瞬間ジャーンプッ!大きな口を左右に振ったところで竿が軽くなった。針上20cmほどでハリスがスッパリ切られていた。"スズキの鰓洗い"にしてやられた。7・80cmはある"平スズキ"だった。(逃がした魚は大きい!)
 それからというものタカベの入食いで他魚のアタリは無し。X氏にもアタリが無いようで「"カガリの南"で真鯛を狙ってきますわ」と遠征していった。遠投深棚仕掛けの竿をあと1本用意しあっちゃこっちゃ探ってみたがタカベのみ。終わってみれば結局"隅1"。どないなってんねん。(下手くそなんだよ!)X氏は不発だったとのこと。
 事務所で船長にバラシを告げると「2発もバラシた?針結びで?恥ずかしーて誰にも言えへんやん。スズキ80cm?それ取らんと!」などなど、優しく慰めていただいた?。グレのお腹の中には白子がタップリ。「まだ白子持っとるのんもいるんやな」と船長。例によって白子はビニール袋に入れてもらい持ち帰って美味しくいただいた。

2005年3月5日(土)
   とうとう3月に入ってしまった。3月になるとグレは産卵期に入ってしまい、水温が一番低くなることとあいまってグレ釣りとしては難しい時期に入る。グレ師を休業する人・"アオリイカ"に一時転向など人それぞれ身の振り方(大げさな)が別れる。しかし、全く釣れない訳でなし、"晩婚のグレちゃん"や"寒さに強いグレちゃん"もいるので本命はグレで通すのだ…。(何一人できばっとんねん)
 誠丸に予約を入れて前日21時に出発。1時に梶賀着。個室仮眠所の布団に潜り込む。5時に船長の「おはよう」で起床。チャッチャと着替えて事務所に顔を出す。この時期になると常連の知った顔がほとんど。O氏・T夫妻などとしばし雑談し港に降りる。O氏は"アジバケツ"を提げて船に乗り込み「これからしばらく"イカ"と"グレ"半々でやる」とのこと。程なく船長が降りてきて出港。まずは"カガリの東"に着けたがかなりウネリがあり波が釣り座まで這い上がっている。ここで4人降ろし、次に向った"カガリの南"で「用意してや」と声がかかり1人で渡礁した。右側の低場は波に洗われているので高場に釣り座をとる。仕掛けを作りながら"東"を眺めていると"ワレ"に釣り座を取っていたT氏夫妻を大波が襲った。(後で聞くと、本人たちは避難し無事だったが撒餌を流されたそうだ。)すぐに磯替の電話を入れたようで3人船に乗り込み別の磯へ向う。1人が船着き側の高場に残っていた。
東の災難を見ながら仕掛け(ハリスは弱気の2.5号)を作り終わって実釣開始。棚4尋から探っていく。5尋ほど落とした7.8投目!ウキがユラリと入った。合わせをくれると魚が乗った感触。程々の引きを楽しませてくれ、浮いてきたのは30cmほどのグレ。ハリス2.5号なので引き抜くのをためらったが、タモが遠かったため思い切って抜き上げた。(ズボラかますと痛い目に遭うのに懲りんやっちゃ)32cmのグレをドンゴロスに入れ一安心。だが、このところの「隅1病」が頭をよぎり「また、これで終わりちゃうやろなー」と不安になる。気を取り直して打ち返すが、その後アタリが無い。棚を深く取ったり、浅めに戻して探り直したりしたが徒労に終わる。10時近くなりこのままではジリ貧だと思い磯替えを決意。船長に電話を入れた。
磯替え船に乗り込むと「何処行く?ドンビ行ってみるか?」と船長「じゃドンビ」ということで船首を向ける。"ドンビの高い低い"に上礁。おかしな磯名であるが、海に向って左側がスロープ状に5mほど高くなっているためそう呼んでいるようだ。ドンビは広く10人は余裕で竿を出せる磯であるが、今日は真中に1人だけしか客はいない。ここも状況は良くないようだ。高い方に釣り座をとり仕掛けを打ち返すが生物反応が無い。
しばらくすると、真中の客も他渡船で磯替わりして行った。ドンビ一人占めである。というより取り残されたといった方が正しい。真中に人がいなくなったので、"奥の三角岩"まで遠征を試みた。必要最低限のタックルだけを持って岩を上り下り。汗ダラダラ息ハーハーで置くに到着。サラシができている方が期待できる"三角岩"だが今日は荒れすぎ「こりゃ期待できんわ!」と思いながらも竿を出す。案の定、波が強過ぎて仕掛けが振り回され釣りにならない。しばらく粘ってみたがどうにもならず、元来た道をエッチラオッチラ。その後は元の釣り座で半分あきらめつつ、奇跡の一発を期待して仕掛けを打ち返した。奇跡はおこらず。結局今回も「隅1」脱出ならず。

2005年2月26日(土)
   土曜日、天気予報では寒くなるとのこと。今シーズンは寒の時期といっても寒さで餌が付けられないといったことはなく、「これも地球温暖化のせいか?」などと思いながら出撃準備。とりあえずダウンのインナーウェアを用意して梶賀に向う。大台越えルートにも全く雪は無く、無事港に到着。個室仮眠所で仮眠をとって5時に起床。特別寒いという感じでは無い。着替えをして港に降りる。港で乗船を待っている客は、20人ほど。そのうち4・5人が"アオリイカ"狙いのようで"アジバケツ"を下げている。
 夜明けが早くなってきたので6時に出港。このところ1番にカガリを目指すことが多い誠丸であるが、この日も例外ではなかった。他の渡船が梶賀側の磯へ向ったので、のんびり"カガリの南"から下ろしていく。南に3人、次に東に着けたときついでのように「行くか?」と聞かれた。3人すでに用意しているので一瞬迷ったがこのところ調子の良い東なので「行く」と答えて急いで舳先へ。先の3人に続いて飛び降りた。一番期待のもてる"ワレ"と呼ばれるポイントは常連のWちゃんにいち早く押さえられたので、船着きから2番目に釣り座をとった。
 竿をセットして準備完了。撒餌をし仕掛けを投入。潮が左から右に1分間に10mほどの速さで流れている。隣の仕掛けとクロスしそう、「4人並ぶのはしんどいな」と判断。誰も上がっていない"中"と呼ばれる釣座に移動を決意した。竿とタモ・撒餌を持って斜めになった磯を滑らないように歩いて"中"に到着。あらためて第一投というときに"ワレ"で釣っていたWちゃんにヒット。中型のグレであった。「やっぱしワレやなー」と思いながら仕掛けを投入。5投目、沖を流していると竿先が引っ手繰られた。そこそこのグレの引き「サンチャンに化けるなよ」と寄せてくる。浮いてきたのは期待通りのグレチャン「40cmはありそう」と慎重にタモ入れ。お腹パンパンのグレ42cmだった。釣り上げた獲物を入れておくドンゴロス(※1)を持って来ていないので、東の船着きまで取りに戻った。途中、Wちゃんとの会話「(大きさ)どれくらいあった」「40(cm)くらいやね、スカリ取りに来てる間にグレいなくなるわ!」。その会話通りになるとは思わなかった…。その後全くアタリ無く、Wちゃんたちが竿を曲げているのを横目で見ながら、竿を振っているうちに虚しく時間が過ぎ去った。終わってみれば最初の1匹だけ。Wチャンは30〜38cmのグレを7匹釣っていた。船着きで帰りの船を待つ間のWちゃんとの会話。ひ「よおけ釣ってたなー」W「数は出たけど型が小さいわ。先週からええ型釣ってはったやん」ひ「先週も今日も最初に1匹だけや。隅1(※2)やね。ハハ」W「ほんまや隅1や!ワッハッハ…」。陽気な兄ちゃんである。
 港に帰って船長に内臓を出してもらう。白子を期待していたが残念!グレ子ちゃんだった。これからは、オスの釣果が減って卵を持ったメスが釣れてくることが多いとのこと。真子も大きかったのでビニール袋に入れてもらいお持ち帰り。酒・醤油・みりんで煮て美味しくいただいた。

※ 1「ドンゴロス」:コーヒー袋などで使われている目の粗い麻の袋。取っ手が付きファスナーで開閉できるものがスカリとして市販されている。海水で濡らして使用。水分が蒸発するときに熱を奪っていく現象を利用し鮮度を保つという優れもの。海中に漬けっぱなしは不可。
※ 2「隅1」:野球で1イニング目に最小得点である1点だけ得点があり後の8イニング無得点の試合を言う。最初に喜ばしい出来事がありその後ずーっと鳴かず飛ばずの寂しい状態を指して使うことがある。


2005年2月20日(日)
   土曜日がずっと雨降りという天気予報だったので日曜日の釣行になった。前日、渡船のHPで釣果を見てみたが、海が大荒れでどこの渡船も休業していたようだ。誠丸に予約電話を入れると「今日は大荒れやったけど、明日は出れるやろ。明日は昼までやで」と言うご返事。  道中、釣餌吉野で餌を仕入れる。今日は、何時に無くお客さんが多い。(失礼!)「今日は多いな」と店主に言うと「尾鷲釣大会の表彰式に来た人や。今日1日だけの大会もあるしな」とのこと。「ああ、それで昼までなんや」と納得。尾鷲釣大会は、1ヶ月間あり1匹長寸を競う大会で、すでに13日に終了している。その大会には、表彰日一日だけの1匹長寸で決まるおまけの大会が設けられている、それが今日なのだ。
 1時前に梶賀に到着。海はまだ荒れが収まっておらず、波の音がザワザワ聞こえている。「こんなんで明日大丈夫かいな」と思いつつ個室仮眠所で熟睡。5時前に目が覚めた。コーヒーを飲んでいると船長が「おはよう」と起こしにきた。外に出てみると波の音はほとんど聞こえない。事務所に顔を出し「昨日、着いた時波が凄かったけど、治まったみたいやね」というと「どこまで行けるかは出てみんと判らんけどな」とのこと。客は8人と意外に少なかった。船に乗り込み出港。湾内はベタ凪。しかし、湾を出るとうねりが少し残っている。前回と同じ"カガリの南"に1人で上礁。右側の低い釣り座は波が這い上がって来るため、船着きに釣座をとる。とりあえず棚4尋から探っていくことにする。右から来るサラシの少し先に仕掛けを投入。潮は前回と同じように左から右へゆっくり流れている。3投目でウキが海中に引っ張られた。半信半疑で合わせると紛れも無いグレの引きが伝わってくる。引きを十分楽しんで、たまに波が被ってくる低い場所に移動してタモ入れ。しかし、左右からサラシにあおられタモにグレが上手く入らない。去年サンノジでさんざん修行したのに…。何とか取り込んだのはお腹パンパンのグレ38cm。
 喰いが続きそうな雰囲気だったが、なぜか音沙汰なく時が過ぎてゆく。弁当船が来た後には、ぱたっと潮が動かなくなった。そのうち右から左に、今までと逆に流れ出した。おまけに風が左から右に吹き出し、風と潮が逆という非常に釣り辛い状況となってしまった。竿先を水面に近づけて風の影響を押さえようとするが、なかなか思うようにコントロールできない。そんな状況で物好きにもウキを沈めてくれたのは35cmほどのアイゴちゃん。抜き上げたところで針外れしタイドプールへポチャン。でも触れないのでそのままにしておくと大きな波にさらわれて、海中にお帰りになった。めでたしめでたし。
 正午の撤収直前に潮がまた左から右に変わったが、時すでに遅しでタイムアップ。「あと2時間やらせて!!」とわがままな考えをねじ伏せて港に戻った。今日は"カガリの東"が良かったようで2人で30〜46cmを20匹ほど釣っていた。大漁組の写真撮影大会が終わった後、こそこそっとグレを取り出し「1匹だけやったわ」と船長に内臓を出してもらう。腹を裂いてビックリ!38cmのわりには船長の手のひら一杯ほどもある大きな白子が出てきた。早熟の精力絶倫グレちゃんだったのだ。他の釣り客の「白子おくれ!」と差しだす手をペチペチしばきとばし、ビニール袋に白子を入れてもらい持ち帰った。さっそくその日の夕食に登場。さっと湯通しし、"ポン酢"と"モミジおろし"でいただいた。クリーミーでマッタリ、ウウーン!デリシャス。プニョプニョ・ヌルヌル系が苦手な奥様もパクパク。季節限定、グレ釣師だけが味わえる珍味をたんのうした。

2005年2月15日(火)
   このところ3回連続ボーズ、リベンジのため久々に有給休暇を取って平日釣行を試みた。これでだめならしばらく釣をやめる!?…くらいの覚悟で出撃。誠丸に予約電話を入れると娘さんが出て、船長も奥さんも出かけていないとのこと。船は出るとは聞いているが、個室仮眠所が空いているかは判らないご様子。とりあえず行くことを伝えて出発した。梶賀へ向う途中、吉野を過ぎたあたりで携帯が鳴った。「今帰ってきたとこやねん。部屋空いてるし」と船長。寝床が確保できほっとする。釣餌さ吉野に立ち寄り餌を購入。グレの喰いが渋いことを想定し撒餌はボイルと生、両方を用意した。
 1時現地着、仮眠室でグッスリ。例によって船長の「オハヨー」で目覚めた。歯を磨いて、事務所に顔を出す。「今日は、休み?」と船長が聞いてきた。「しばらく有給取ってへんかったから休み取ってん」「ええ休みの取り方や。寒のええ時期にまとめて休まんとなー」ときた。おいおい、そんなに休んでばっかりいられませんて。
 6時10分に出船。今日の客は7人。やはり"カガリ"から降ろしていく。東に2人、中に1人降りたところでお声が掛かる。"カガリの南"にα氏と渡礁した。(α氏は、Sというイニシャルであるが、真っ赤なアルファロメオ156が愛車ということで命名)西側の低い方にα氏が釣り座を取ったので、東側の高場で竿を出すことにした。撒餌を打ち、ハリス4号、3Bのウキに2Bのガンダマ2ケ打ちした仕掛けを3尋から探っていく。潮はゆるやかに右向き(尾鷲方向から熊野方向)に流れている。潮上に撒餌を打ち竿2本ほど沖を流す。棚を4尋に落としたところでウキにアタリ。コンコンと頭をフリフリ上がってきたのは35cmほどのアイゴ。しばらくして、グレが喰ってきた。30cm弱なのでボーズ脱出とはいかないが、グレの気配に期待が高まる。隣で釣っていたα氏にもアタリ。50cm弱の真鯛を上げていた。潮が動いているとなんやかんや喰ってくるもんでんな。その後30cm程のサンノジが釣れたところで弁当船がきた。「どや?」と船長。「小さいけど、きたで」と言うと「遠投してみ、棚は深いで、竿2本・3本まで落としてみ」とアドバイス。
 まだ少し温かい弁当を掻っ込み、さっそく遠投仕掛けに換える。重い5Bのウキに丸玉オモリ0.5号をセットし、ハリスの真中にジンタンを噛みつけた。遠投して6尋から探っていく。30mほど遠投して仕掛けが落ち着く頃には、潮に押されてかなり右側流れている。撒餌と仕掛けが同調するよう心がけて(そういうつもりだが同調しているかどうか??)打ち返す。棚を7尋にしたところで、ウキがユラリッと入り、張り気味にしていた道糸が竿先を引っ手繰っていった。ここち良い引きを楽しませてくれたのは、久々の中型グレ36cmだった。同じ棚で打ち返しているとスパッとウキが海中に消えた。大型魚の引きずり込むような引き。しかし、頭を振っているような?「グレでありますように」という祈りもむなしく浮いてきたのは、46cmのサンノジ。その後、30cmのグレが来て、しばらくアタリが無くなった。  昼を回って付餌を喰い込みのいい生のオキアミに変えてド遠投。40mほど先を流しているとウキに変化があり竿に魚が乗ってきた。さほど強い引きではない。「何かな?」っと竿をあおると浮いてきたのは"イサキ"の33cm。美味しそうな外道である。続いて38cmがきた。群れに当たったようで、同じポイントに上手く流せるとアタリがある。次の1匹は抜き上げようとして口切れ。海中にお帰りになった。ズボラかましてタモ入れしなかった報いである。またまた来ました!今回は慎重にタモ入れ。ここでタイムアップ。
 α氏も中型グレを追加したようだ。「ええ真鯛ですねー。うらやましい」「いやいや、イサキが欲しかったんですけどねー」などと微笑ましい雑談をしながら迎えの船を待つ二人であった…。

2005年2月11日(金)
   建国記念日+土日で3連休の初日、「今週こそは」と張り切って出撃。大台越えルートで梶賀へ向う。雪はほとんど融けていて日陰にちらほら残っているだけ。橋の上などの凍結に気をつけて無事到着。予約してあった個室仮眠所で熟睡。5時に船長が「おはようさん、起きてよー」と声をかける。準備をして港に降りる。今日も「どこ行く?」とは聞いてくれずお任せのようす。港を出ると他の渡船は梶賀側の船を走らせている。"オベラ"に向っているのは、誠丸だけ。船1隻での出撃のため"オベラ"方面を先に押さえる作戦が成功したようだ。梶賀側の磯では、激しい磯取り合戦が展開されていることだろう。こっちは、ゆっくり"カガリ"に6人客を降ろし、次の"オベラの高場"で「用意して」とお声がかかった。もう1人のX氏(名前を聞きそびれた)と無事渡礁。
 X氏が船着から竿を出すことになり、1段低いところに釣り座をとった。X氏は最初からブンブン遠投。筆者は、磯際狙いと全く違った釣り方でスタート。棚を4尋から始めて、8尋まで探ってみたがあたりが全くない。仕掛けを重くしたり軽くしたり、遠投もしてみたが、たまに付餌が齧られるだけでアタリが無いまますんなりタイムアップ。またまたボウズの憂き目をみてしまった。X氏も"ベラ"と"タカベ"を掛けただけでボウズ。「今日は、あかんかったなー」といいながら迎えの船を待つ寂しい結果となった。

2005年2月5日(土)
  週半ばすさまじい寒波が日本列島を覆った週末、誠丸に予約電話を入れた「まだ山に雪が残ってる?」と聞くと「あるやろねー」というご返事。「個室仮眠所空いてる?」には、「相部屋でよかったらな。Fくんゆうてちょっと、イビキかきよるけどな」。ま、いいかと予約して出発。伊勢自動車道廻りで梶賀へ向う。釣餌市場で餌を仕入れ1時頃到着。Fくんはすでに布団の中。布団に潜り込んでしばらくするとイビキが聞こえてきた。「なるほど、かなりのもんです」。かねて用意の耳栓を装着し快眠。
 船長の声が「おはようさん」と響きわたり起床。相部屋のFくん「僕のイビキ、寝られました?」と身長180cm体重100kgはありそうな体躯を申し訳無さそうにち縮めて尋ねる。「耳栓してたから、大丈夫」と回答。歯を磨いて、戦闘準備にかかった。今日は、港で「どこ行く」と言う問いは無く、問答無用で相部屋のFくんと"ドンビの島"に上げられた。島には、以前からもう一度上がりたいと思っていたので異議はない。海面はベタ凪。潮も澄んでいてかなり深くまで見通せる。島の釣座は、1.5mほど攀じ登った所にある2畳ほどの頂上であるが、凪の日には船着きでも竿が出せる。Fくんが上で竿を出すことになり、下に釣り座をとった。水道を挟んで10mほど先の"ドンビの先端"に常連のO氏が渡礁した。O氏とFくんは、"闘誠会"という誠丸中心に釣りをするクラブの会員である。
 水道の磯際に撒餌を打ち釣を開始した。最初に魚を掛けたのは、O氏。40cmのグレ。しばらくして筆者のウキが沈んだ。合わせをくれたが重いだけで引かない。ユラユラと赤い色が浮いてきて"イガミ(ブダイ)"の46cm。しばらくして、仕掛けを回収しようとリールを巻き上げると何かが喰ってきていた。グレっぽい引きで、グレなら40cmほどか。「よっしゃ」と気合を入れたところで、針外れ。バラシチャッタ!!喰いの悪い寒グレでの針外れは痛い。
 弁当船で船長が「沖向きに遠投して"真鯛"やってみ」とアドバイスをくれた。アドバイスといっても半ば強請のようなもので、無視すると機嫌が悪くなるのは目に見えている。遠投用の重いウキ、棚5尋の仕掛けでもう1本竿をセットし"真鯛"狙い開始。30mほど沖にキャストを繰り返す。弁当配りを終えて誠丸が帰ってきた。「もっと遠投せにゃ」とマイクで叫ぶ。ヤケクソで全力遠投。撒餌も遠投。ブンブンブン!1時間ほど投げつづけただろうか、一向にアタリは無く、こっちの肩が悲鳴をあげだした(5日ほどたった今でもまだ痛む)。「やっぱ、グレ釣に来たんやし」と元のグレのポイントで竿を出すもその後、全くアタリ無し。昼過ぎにFくんが40cmのグレを釣ったのを指を咥えて見ていただけで本日の打ち止め!もしかして、初の"ボウズマーク""バラシマーク"揃い踏み?

2005年1月29日(土)
  先週用事があり釣行できなかった。こんなときに限って爆釣が伝えられ歯軋りしてしまう。行っていたからといって、自分に釣れてくることはまず無いのだが、なぜかその場に居なかったことが悔しいのである。満を持して(たった、1週間やん…奥様談)の出撃である。前日予約の電話を誠丸にいれると「明日大会が入ってるけど。それでよかったら来て」とのこと。大台越えには、全く雪が無く快調なドライビングで梶賀へ。個室仮眠所は満杯なので雑魚寝の仮眠所へ。
 「おはようさん!」船長の挨拶で目覚めた。事務所では大会の役員さんが船長と打合せに余念がない。弁当を頼んで港でスタンバイ。大会組と一般客が別れて乗船。大会組20人は誠丸1号で"オベラ"まわり、一般客6人を乗せた2号は、"見張り"から"ドンビ"へと降ろしていく作戦のようだ。出港して"見張"を目指す。磯際は渋きが上がっていてかなり波がありそうだ。他の渡船も"神津の鼻"をあきらめて"見張"を取ろうと寄ってきた。2号の船頭タケシくん"見張の先端"に2人降ろして一目散に次の磯へ船を向けた。波気があれば"ドンビの奥"に行きたいと密かに狙っていたのであるが、すでに他の渡船客が奥へ向っている。2号の5人を渡し終わり、1人になった時には、主なポイントはあらかたうまっていた。困ったタケシくん「どこ行きます?"カガリ"見にいきましょか」「ほな、"カガリ"行ってみよか」ということで"オベラ方面"へ向う。しかし"オベラ"も"カガリ"も大会組で一杯。仕方なく"カガリの東裏"に渡礁した。
 "カガリの裏"では垂直に落ち込んだ壁際を釣るため"ウキフカセ釣り"より"ズボ釣り"に分がある。ズボ釣り仕掛けをセットし釣り始めたが餌さ盗りのアタリも散発で、付餌も盗られるというより齧られることが多い状態。魚の活性が悪いようだ。表の大会組4人は、ポツポツ30〜40cmを上げているようで歓声が聞こえてくる。こういう時は、1人釣行の寂しさを感じる。磯を独占できるときは気楽でいいのだが、数人の仲間と乗り合わせた時は、疎外感がある。
 表が良いときは裏はくいが悪くなるのか、餌盗のアタリすらない時間が続いた。やっと竿に乗ったのは、10cmにも満たないミニグレ。それでもグレの気配を感じられただけ気合がはいる。しばらくしてアタリ、中型グレを思わせる引きだったが、浮いたらガックリイスズミ25cm。その後ぱったり喰わなくなったので、ワンドの奥に移動してみた。しかし、ここも喰いが悪く、ガシラ(カサゴ)が2匹来ただけ。また元の東の裏側へ戻った。ウキ釣りで沖を探ったり、サラシの脇を流したりしてみたが全く効果なし。いつのまにやら撤収時間。帰りの船中、大会組がガヤガヤにぎやかな中、一人ボウズの悔しさをかみ締める結果となった。

2005年1月16日(日)
  土曜日が雨だったため日曜の出撃となった。前日、予約電話を入れると「船は出るけどオベラまわりしかあかんかもしれんで」と誠船長。明け方まで雨が止まない予報で、山中では雪が降る可能性もあるため、伊勢自動車道経由のルートで梶賀に向った。「釣餌市場」で餌を仕入れAM1時梶賀に着いた。
 出船前の事務所でのお喋りタイムに「今日波あるんかな」と聞くと「昨日のこと思たら、だいぶましになったな」と船長。昨日の午後はかなり波が高かったようだ。仕度をすませ港に降り出船を待つ。船長が客の荷物を満載した軽トラでやってきた。「何処行く?」といつもの問いに「オベラの方は」と聞くと「オベラでもええけど丸石の先端どや?」。とりあえずオベラ方面行きの誠丸2号に乗船するように指示された。2号は、まず"丸石"に着け"ナカドマル""カガリ"と降ろしていく。"カガリ"に降ろし終わったところで「どうする」と誠丸2号のタケシくん。目の前にある"オベラの高場"にはどの渡船も客を降ろしていない。「オベラにしよか」と指定。無事、高場に上礁。
 竿を伸ばし、撒餌を磯際に投入する。餌盗りのタカベは姿を見せない。「しめしめ、この隙に」と磯際に仕掛けを投入。3投目にウキが消しこんだ。グレらしき引きで底へ潜ろうとしている。ハリスは、一発に備えて4号なので余裕でやりとり。浮いてきたのは36cmのグレちゃん。あらかじめタモ入れ場所と想定していた低くなった磯際まで降りて、タモに収めた。しばらくして30cmがきた。その次に掛かった魚は惜しくも針外れでバラしたが、またまた、きました30cmのグレチャン。弁当船までに3枚の釣果で今日は期待できそう。
 弁当船に「3枚出たよ」と報告し、早速弁当を頬張る。食べ終わって釣りを再開。サイズアップを期待して仕掛けを振り込む。あれ!撒餌に餌盗りの"タカベ"がちらほら。撒餌をすればするほど増えていき、とうとう磯際が真っ黒け。軽い仕掛けでは付け餌がもたくなった。1号オモリで付け餌を沈める作戦にきり替えた。しかしグレは散ってしまったのかなかなか喰ってこない。その後、2時の撤収までに釣ったのは、"カワハギ"と"イガミ"だけだった。最初が良かっただけに少しガックリ。でもボウズを脱出したから「ま、いいか」!!

2005年1月9日(日)
  3連休の中日、ここのところ山に雪は全く無いとのこと、大台越えで梶賀へ向う。1時過ぎに港に到着、港の駐車場にはまだ3台ほど。車中で仮眠をとる。5時半起床、車が20台ほどになっていた。事務所に「おはよう」の挨拶を言いに行く。水温が16度台に下がったとのこと。今日は喰いが渋いかも?
 客が40人余りと多いため上がる磯は船長におまかせ。で、“ドンビの先端”に上礁。ここは、45度くらいの斜面の釣り座で足場が非常に悪い。斜面に走る割れ目に足をかけバランスをとりながらの釣りとなる。「右側の磯際狙いで4から5尋でやってみ」と言い残して船は去っていった。右手20m程離た所に“ドンビのハナレ”がありハナレからのサラシが当て潮のように仕掛けを手前に押し付けてくる。磯際狙いで仕掛けを入れると手前に押されてすぐに根掛りする。
 あたりのないまま、弁当船の時刻を迎えた。「どや」「あかんわ根掛りばっかりや」「昼までがまんやな」。弁当を配り終わったと思われる頃、船長から携帯に電話があった。「ハナレとの間を8尋から10尋で探ってみ。それで喰ってくることもあるで」とありがたいご神託。さっそく棚を替えて水道をさぐる。しかし、魚信は無く、手前に寄ってきた仕掛けは相変わらず根掛りを繰り返す。根掛りを切るたびに道糸が磯に擦れザラザラ、どんどん短くなっていく。道糸切れでウキが流されたり、道糸についたまま海中でユラユラしたり。慌てて“ウキトリパラソル”で回収作業を行うこと5回。4回回収に成功しウキ1ケを流してしまった。そんなこんなで気が付いたら撤収時刻。一回も魚のアタリが無いまま完全無欠のマルボウズとなってしまった。ま、こんな日もあるさ。(このフレーズ以前にも書いた気がする?!)

2005年1月3日(月)
   2005年釣初めである。2日の夜、梶賀の誠丸に予約のTELを入れ年頭の挨拶をした。「明日お客さんは多い?」と問うと「そんなでもないで」と言う返事、山の雪も峠に少しだけということでR169で梶賀へ向う。“釣り餌吉野”で餌を購入し、1時半頃港に到着。車の中で仮眠をとる。車のドアを閉めるバタンと言う音で目覚めた。「何時かな」と時計を見てビックリ、6時。客は30人余りといったところか。6時半出船なのでそろそろ船長が港に降りてくる。急いで荷物を出し、着替えている途中で船長が登場。ブーツの紐を結べないまま船の近くに荷物を移動。「またドンビの奥へ走るか」と船長、3回連続はさすがにあきるので「違う所がええわ」「そうかここんとこ釣れとるけどな。とりあえずこっち(誠丸1号)に乗ってて」。釣れているなどと聞くと心が動くが、今日は違う所へ行こう。
 15人ほど客を乗せて船は港を出た。“ドンビ”の前でしばしプカプカ。チャカ着けの時刻となり「誰々さん用意してやー、行くでー」と船を着けていく。「次、誰某」とドンドン降ろしていきドンビの表側で十人以上いなくなった。「用意して」と言われ舳先へ移動、ドンビの裏側にある“壁“に渡った。ここは、崖の切れ目に座布団2枚ほどのひろさの棚ありそこが釣り座である。荷物は、2mほど上のテラスに担ぎ上げ竿と撒餌・タモだけを釣り座に降ろして釣ることになる。久々にロッククライミングを味わった
。  釣り始めて5投目にウキ消しこんだ。かなりの引きで「グレか?」と思わせたが、コンコンと頭を振っている。タモにおさまったのは35cmほどのアイゴ。「今年の初釣果は“アイ”だった」なんてね。
 その後、撒餌が効きだすとポイント一面キタマクラが乱舞をし始め、ハリスは齧るわスレで掛かってくるわで釣りにならなくなった。弁当船で磯替えをしてもらおうと竿をたたんで待っていたが「キタマクラで釣りにならんわ」と言っても「喰いだすのは遅いからがんばれ」と言って弁当配りに行ってしまった。しかたなくまた竿をセットし再開したが、相変わらずキタマクラの猛攻にあってギブアップ寸前。1時間ほどたって「まだキタマクラきついか。替わるか?」と船長がやってきた。仕掛けをしまい船に飛び乗る。
 「一回りするから」と梶賀側の磯をぐるっと一周してカガリに向った。「“カガリの裏”か“オベラ”も空いてるで」見ると“オベラの高場”“三角”には誰も入っていない。「まだ“タカベ”がえらいから誰も上がらんのや」とのこと。高場に決めて渡礁。
 確かに“タカベ”がすごかった。手前に撒餌を打ち沖に出さないつもりだったが、沖の潮目で喰ってくるのは、やっぱりタカベ。軽い仕掛けででは棚まで付け餌がもたないので、4号ハリスに丸玉オモリ1号を針上20cmにウキ止めゴムで固定し、1号負荷のウキを3尋でセットする。ウキの付いたズボ釣りのような仕掛けを試してみた。さすがに丸玉1号、仕掛けがなじんでからタカベが食ってくる。棚まで餌はもっているようだ。グレ(居れば)がタカベとの餌取合戦に勝ってくれることを祈って打ち返えし続けた。
 かれこれ40匹はタカベを釣っただろうか。1時半を迎えて、後数投で帰り支度をしなければと思いつつ、磯際を流していたウキがスッと沈んだ。またタカベだろうと軽く合わせをくれると?!以外にも大型魚の魚信。しかし、グレではなく磯に沿って横走りしていく。「ボラか?」と思ったがとりあえず引きを楽しむことにする。走っていく方向に根があるためタモを持って磯を駆け下りた(実際は足元を気にしながらもたもたと歩いて)。引きが弱くなったところで浮かせにかかる。黒い魚影がだんだんはっきり見えてきた。「チヌじゃん!!」それも50cm級である。ハリス4号なので余裕でタモ入れ。逆転サヨナラ2塁打と言ったところか。時間も時間なのでこれを機に帰り支度をはじめた。
 迎えの船に乗り込むと船長が「どやった」「こんなとこでチヌがきたわ」「湾内ちごてもチヌはくるで。チヌが釣れたらグレもいるんやけどなー」と残念そう。事務所で計測すると53cmの立派な年無しだった。
 帰りに“釣り餌吉野”で魚拓を採ってもらった。これでHP開設以来更新できていない“魚拓ギャラリー”の初更新ができるわい。

てなわけで、ここで一句、

 初釣りや 赤くなくても おめでタイ

オソマツ!!


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