中学、高校、大学と勉強していながら話せないのはなぜ?通訳付けないと日常会話もできない首脳は日本だけといった指摘。対して日本人が日本語話すのはあたりまえ。英米人も日本に来たら日本語を覚えるべきなんだ、という反論も。ともあれ英語は世界語になることは間違いなさそう。ここでは「日本人が英語が苦手なわけ」を分析してみたいと思います。

Last update January 16, 2015


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征服や侵略を経験しなかった歴史

またまた、こういうことを言っては元も子もないのですが、実は日本人は英語(もしくは外国語)に対して「甘い」のです。と言ってしまうといろんな方面からブーイングが飛んで来そうですが、言い換えれば、真剣さが足りない、または、それほどの真剣さを必要としなかったということです。

これは何も、あなたやわたし、個人に責任があるのでも何でもありません。日本人として仕方ないのです。前回から「仕方ない、仕方ない」となんだかへたな気休めばかり言っているような気がしますが、英語がしゃべれなくても生活できたし、何にも困らなかったわけです。江戸時代には鎖国もしましたが、歴史的にも日本語だけで生活して困ったなどということは聞いたことがないですよね?そうです、日本で暮らすには、英語ができなくてもなーんにも困ることなんてないのです。

ところが、前回にも触れましたが、例えば日本がアメリカでもイギリスでもどこでもいいのですが、征服されたとしましょう。すると、征服民は自分たちの言葉を押し付けようとしますから、日本人はみな英語を覚えなくては生活すらできなくなってしまいます。征服民があくどい民族であった場合、英語を話せない者には罰を与える、なんてことにもなりかねません。そうするともう必死になって覚えようとします。そこに違いが出てくるのです。植民地時代を経験したアジアの国々の人達が日本人よりはるかに英語が上手いのはそういう背景もあるからなのです。



じゃあ日本も植民地にされたらよかったのに なんてことは安易に考えないほうがいいですね。自分たちの文化や言語を捨てなければならないということはどんなにつらく苦しいことか、恐らく想像を絶することだろうと思われます。言語というものはそれほど厳しいもの、シビアなものなんじゃないかということです。

確かに英語はうまくなりたいのですが、日本人が英語に対して持っているような「良いイメージ」「話せたらいいな」といった憧れ的なイメージと、被征服民の人たちが征服民の言語に対してもつイメージとはおよそ正反対のものがあると思います。自分たちの古(いにしえ)よりの文化や言語の代わりに使わなければならない(ならなかった)言語というのは、嫌悪の対象だったかもしれませんね。こういうことも踏まえたうえで英語と向き合うとまた違った局面が見えてくるのではないかと思ったりします。

英語を習得したいと思っている人が(私自身も含めて)認識しておいたほうがいいと思うのは、英語ができてもエライのではないということ。歴史的にみても何か国語もできる人というのは、マイナーな国の、強いて言えば「弱国」の人が多いということです。現にアメリカでもイギリスでも英語しかできない人はたくさんいるわけで、外国語を学ぶ人というのは手段として学ばなければならないからに他ならないからです。

若いうちからアメリカなどに留学したりして自分は英語ができるんだ、国際人なんだと得意になっていらっしゃる方もいるかもしれません。果たしてどうなんでしょう? 勘違いして欲しくないのは、例えばアメリカナイズして帰って来られた、それはただアメリカ人のようになって帰って来ただけのことです。ひょっとすると日本の文化も捨てて(知らないままに時が過ぎて)、西洋の文化や言語に「征服」されただけかもしれませんね。

確かに今後、英語はその簡潔性や簡易性から世界共通語になっています。でもそれはそのままアメリカ英語やイギリス英語、オーストラリア英語などがスライドするのではなく、共通語としての英語が確立されていくべきだと思うのです。英語を共通語としながら、自分たちの固有の文化や言語を残し、特異性を出していく。共通性と特異性の融和こそが21世紀ではないかと考えています。そして、そのための準備として英語を勉強するのであり、同時に日本語、日本人としての良い部分も学んで行きたいと思います。もちろん、英語の習得はネイティブを「模倣」することから始まります。しかし、それはあくまでも学習のための「模倣」であり、自分のアイデンティティ自身が「征服」されてしまうことではないと思います。

以上、今回は自分の言いたいことをつらつらと述べてしまいましたが、みなさん、お互いに自己や目的をしっかりもって、勉強に励みましょう。外国語を学ぶということは、視野を広げること、いろいろな文化や視点に触れていくことでもあるわけですから、多面的なアプローチをしながら一歩一歩、気長に頑張っていきましょう。