中学、高校、大学と勉強していながら話せないのはなぜ?通訳付けないと日常会話もできない首脳は日本だけといった指摘。対して日本人が日本語話すのはあたりまえ。英米人も日本に来たら日本語を覚えるべきなんだ、という反論も。ともあれ英語は世界語になることは間違いなさそう。ここでは「日本人が英語が苦手なわけ」を分析してみたいと思います。

Last update January 16, 2015


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赤ちゃんは語学の天才?

英才教育というか、幼い子供に英語を習いに行かせるという親御さんがたくさんいらっしゃいますが、これにはやはり「一理ある」ようです。自分が英語で苦労したから子供には という方もいらっしゃるかもしれませんが、科学的にも赤ちゃんの語学能力の高さが証明されています。と言っても、もちろん、生まれたての赤ん坊が「ペラペラ」しゃべり出すということはありませんので、これは「音」に対する知覚能力ということで考えてください。

1970年代には生まれたばかりの赤ん坊が b と p の音を聞き分けるということが実験によって証明され、さらにその後の研究では、母国語、外国語を問わずあらゆる発音を聞き分ける能力を生まれつきもっているということがわかりました。まさに「生まれたて」というのは「白紙」の状態、英語の発音でもフランス語の発音でもドンと来い!の能力を持っているということです。それがまわりの環境、つまり母国語の環境で育てられるうちにだんだんと限定されてきて、ついには母国語の音しか聞き分けられないようになってくるというわけです。ああ、あのはるか遠い「生まれたて」の頃 あの頃にもっと頑張っておくんだった、英語の r や l の音を聞き分ける能力をなんとかキープできなかったのか などと悔やんでみてもしかたないのですが、なんかもったいないような話ですね。

では、いつ頃からこういった聞き取り万能の能力が低下してくるかというと、だいたい生後6〜8ヶ月だそうです。もう生後1年もすると、母国語への適応が進んでいますから、母国語では区別しない二つの音の違いを聞き分けることはできなくなっているそうです。これは子音でも母音でも同じことがいえます。ちなみに日本語の母音は「ア、イ、ウ、エ、オ」の5つの音しかありません。その昔は「エ」に加えて「ヱ」、「イ」に加えて「ヰ」などという音があり、区別していた時代もあったようですが、現代ではとくに区別することはありません。英語では10種類あり、ご存知のようにそれぞれ音が違います。ところがスウェーデン語になるとなんと母音だけで13種類以上もあるというのですから、たまりません。もちろん、スウェーデンの赤ちゃんも、生後6ヶ月もたつと、この13種類の母音に適応し、きちんと聞き分けをしているというわけです。



よく「外国語を学ぶときは子供に戻ったつもりで学ぼう」などと言われますが、これもまた「一理ある」といわねばなりません。あなたの家族やまわりに赤ちゃんがいる人はよーく観察してみてください。「これはイヌさん」「これはネコさん」「はい、正解。ピンポーン!」などと話しかけていると、言葉を覚えようとする時期にある赤ん坊はあなたの口元をじーっと見ているはずです。そしておもむろに「ピンポーン」などと真似てみたりします。そうです、唇の形を見分けようとしているのです。視覚的に口の形をとらえながら、耳で音を確認し、自分で発音してみることによって自然に母国語の発音を身につけているのです。もう何十年もこの世にいると、自分が言葉を覚えようとしていた頃のことなど、思い出すすべもありませんが、まわりの赤ん坊を観察することによって、自分も誰に教えられるともなく、このようにして自然に言葉を覚えたんだなあ と不思議な驚きがあります。つまり、英語のリスニング上達のためにも赤ん坊と同じ方法が活用できるということですね。

よく一日中部屋のなかで英語のテープをかけっぱなしにしておくと効果があると言われます。これも一理あります。「一理ある」を連発してお茶を濁している感じもありますが、たとえば、海外に2週間ほど滞在してそこの言葉を聞いているうちに、だいたいこんなことを言っているのではないか?と少しわかってくるような気がすることがありますね。耳がその外国語の音、リズム、イントネーションなど聴覚的に適応してきているのかもしれません。頭を空っぽにして、とにかく「音」に慣れる。そして外国映画などで口元を見てみる(映画自体はあまり楽しめないかもしれませんが)。

日本で中学校あたりから英語を始めるとどうしても音だけでは安心できずに、「どういうスペルになるのかなあ」と調べてしまいます。スペルというカタチがないとどうも安心できないのです。自分の聞き取りに自身がないからなのですが、ついついスペルに頼ってしまう。辞書片手に机に向い、眉間にシワを寄せてむずかしい顔をして英語と向き合っても楽しくないし、なんか悲壮感が漂ってくるばかり。もちろん、いまさら赤ちゃんのように「無垢」で「白紙」にはなれないためそれだけで英語が上達するとは言えませんが、たま音に慣れることはできます。たまには「頭で英作文をする」「スペルを考える」という制約から解き放たれて、耳に聞こえてくるまま、目に見えるままの世界に飛びこみ、浸ってみるのもいいかもしれませんね。
(参考:講談社『音のなんでも小辞典』日本音響学会編)