中学、高校、大学と勉強していながら話せないのはなぜ?通訳付けないと日常会話もできない首脳は日本だけといった指摘。対して日本人が日本語話すのはあたりまえ。英米人も日本に来たら日本語を覚えるべきなんだ、という反論も。ともあれ英語は世界語になることは間違いなさそう。ここでは「日本人が英語が苦手なわけ」を分析してみたいと思います。

Last update January 13, 2015


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なぜ、日本人は英語が話せないのか?

中学、高校、大学と、英語を勉強してきたのに、やっぱり英語が話せない。一体これはなぜ?カンタンですね。その答えはずばり、――話さないからです。しゃべらないからしゃべれない。しゃべらないのに、いきなり「さあしゃべろう」と思って話せるものではありません。言葉は実践あるのみ。机上の理論で、いくら文法や単語を覚えても、実際に「話す」という実践がなければ話せるわけがありません。日本語もそうですね。なぜ、あなたは日本語が話せるのですか?――それは、生まれてこのかた、ずっと日本語を使ってきたからに他なりません。では、しゃべれるようになるにはどうするか?――しゃべればいいのです。

「英語を話せるようになりたいので、英会話スクールに通います」というのもいいのですが、英会話スクールに行って、そこで何をするのかということは、しっかりと押さえておいたほうがいいと思います。言い換えれば、英会話スクールに通っても、先生のお話や、他の人の話をじっと聞いているだけで、「聞いているだけでも勉強になるんです」――というのでは、受講料がもったいないですね。聞くだけなら、英語の映画やドラマを観れば十分ですね。そう、英会話スクールに行っても「しゃべらなければ意味がない」ということなのです。

もっと言ってしまえば、「英会話スクール」に行って「英会話を学ぶ」という発想がおかしいのかもしれません。言葉のあやだといえばそれまでなのですが、そもそも「会話」というものは、教えてもらうものでしょうか?「会話」というものは、自分から発言していくものであって、教えてもらうものではないと思うのです。もちろん、こんな表現のほうがわかりやすいですよ、と教えてもらうことはあっても、それは、ブロークンなり何なりと自分から発言するから直してもらえるわけであって、ただ沈黙を守っていたり、あいづち程度や答えだけを簡単な単語ですますくらいの「発声」程度では、決して上達しません。言葉は、話せば話すほど上達するのですが、日本に住んでいては、そのしゃべる機会がない、それを補うのが英会話スクールだと位置づけることが会話上達への秘訣です。

「そりゃそうだろうけど、やっぱりね」とか「いきなりしゃべれって言われてもね」という声も聞こえてきそうですが、実はそこに、日本人の精神というか、良い面もあるのですが、謙虚さや慎み深さ、寡黙さを美化するような心理状態が邪魔をしているような気がします。日本社会において、日本人相手に日本語を話すときは、そういった「日本人の心」は大切な要素ですが、英語は英語圏の人を相手に話す言語です。まず、英語を話すときには、そういった、良くも悪くも日本人的な精神態度というものを取り除くところから始めることが大事だと思います。

では、英語を話すうえで、邪魔にはなっても得にならない日本人的感覚をじっくり見つめてみましょう。



ヘタな英語を話すのはかっこ悪い

「恥の文化」というのか「武士は食わねど高楊枝(たかようじ)」というのか、「あの人の英語ってヒドイよね」と言われるかもしれないと思えば誰だってヘタなことはしゃべるまいと思うものですが、ここは、ひとつ「恥」を捨てましょう。「やっぱり日本人って英語がヘタだ」なんて思われるかもしれない、でもそれでいいのです。ヘタでもいいのです、英語圏の人間じゃないのですから、ヘタで当然。会話学校なら、ヘタだから習いに来ているわけです。筆者も、他の人の前で講師の人に「こんなのわからないのはダメ」などと言われ、恥をかいたこともありますが、おかげでその言語がけっこう話せるようになった経験があります。「恥」をかくほうがかかないよりも上達する、これは事実です。

自分よりうまい人がいるので…

上の心理によく似ていますが、自分よりうまい人に引け目を感じて発言するのがはばかられるという場合もあるかもしれません。しかし、ここでも、そういった「引け目」を捨てましょう。会話スクールでグループで受講しているときなどはなおさらです。同じ受講料を払っているのですから、「しゃべらないと損」の精神が大事です。さもなければ、そういったうまい人と講師の先生との独壇場になってしまい、「聞いているだけでも勉強になるんです」といった消極的な正当化をせざるを得なくなってしまいます。ヘタでも、言葉が出てこなくても、時間がかかってもとにかくしゃべろうとすることです。誰かにさえぎられたりした場合は、I haven't finished (まだ私の話は終わってません)ときっぱりと言い切り、「話す権利」をとことん活用しましょう。

いちいち言わなくてもわかるだろう

いいえ、わからないものです。最近は日本人相手でもそうですが、いつも行動をともにしているからといってそうとは限りません。これが外国人ともなると当然のことで、しゃべらなくては何を考えているのかわかってもらえません。「あの人は物静かで考えが深そうな人ですね」と、あたかも口数が少ないことが「知恵の深い」人物のように思ってもらえるのは東洋ならではのことで、西洋では、「何を考えているかわからん腹黒い人物だ」と思われてしまうかもしれません。英語圏の人には、話してこそ相手がわかるという、言葉でのコミュニケーションがまず大切です。

ここ一番というときにしっかりしゃべるぞ

普段からしゃべっていないと「ここ一番」も「二番」もないでしょう。英語を話すときは、日本人社会のルールはちょっと忘れて、思いっきり「おしゃべり」になることです。「男は黙って○○ビール」(ちょっと古いですが)などとニヒル(?)なカッコよさなんかを狙っているのでは、みんなが楽しそうに英語で会話をしているときに、何もしゃべれなくて、事実黙ってビールでも飲んどくしかないなんてことになってしまいます。「ここぞというときにツルの一声」なんてことも、日本ならではのことで、英語圏では、いつも弁舌なめらかに主張している人が「勝ち」です。

自分ひとりがしゃべっていては…

こういう気遣いができるのも日本人の良いところなのですが、他の人がしゃべらないのなら、何も遠慮する必要はありません。たとえ他に話す人がいても、自分も必ず発言するのが肝要です。英語圏の発想では、「しゃべらない」=「しゃべることがない」=「何も考えがない」ということですから、割り切ってどんどん発言しましょう。とは言え、「自分ばかりがしゃべっていても面白くないので、他の方はどうですか」という配慮も必要で、誰かを指名してしゃべってもらう、質問をするなど、会話を仕切ってしまうのも効果的です。英語圏の発想では、「みんなを引っ張っていけるリーダー的な存在」という良いイメージを持たれるでしょう。

特に話すこともないし…

話すことがないということは「話題」を持っていないということで、話題がなければ作りましょう。誰でも、生きている限り、ひとつやふたつ興味を持っていることはあるもので、そのなかで、適当なものを選んで、話題の準備づくりを普段からしておくことも大切です。今度はこういうことを話そうと、あらかじめ決めておいて単語なども調べておきます。会話スクールや会話をする機会というのは、本番のプレゼンテーションのような位置づけで、事前に会話のシミュレーションまでやっておくとより話す力が身につきます。ジョークのひとつやふたつも持っておくとさらに会話が楽しめるようになってきます。

というわけで、「会話」をするのに特別な勉強は不要です。わからない単語を調べておくくらいで、英語の決まり文句などもその都度、覚えたときに取り入れていけばよいわけで、文法や英単語や熟語などを覚えてから会話をしようというのでは、いつまで経っても会話はできませんし、単語や表現は覚えても覚えてもキリがありません。自分の知っている範囲の英語を使って、いかに会話していくか、これが第一歩です。千里の道も一歩から―すべての会話はブロークンから始まるのです。