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Last update May 22, 2019

中英語期(1100~1500)(Middle English) (1)

古英語の概要でも述べたように、デーン人 (Danes) に追われてブリテン島にやってきたアングロ・サクソン人 (Anglo-Saxons) の言語が発展して古英語になりました。しかし、8世紀になると、今度はそのデーン人がブリテン島にやってきて、アングロ・サクソン人との統一国家を建てます。そのデーン人が話していたのが古ノルド語 (Old Norse) という言語であり、この古ノルド語との接触のおかげで、古英語は大きな変化をとげることになります。

ちなみに、中英語期と呼ばれる時代は、1066年から15世紀くらいまでとする定義と、1150年から1500年までとする定義もありますが、このコーナーではざっくり1100年から1500年と分類しています。

言語の歴史は「いつからこう変わった」という具体的な記録が残っているものではなく、実際にその言語が使われている文献などを参考に、「〇〇という文献が書かれた〇〇年ごろにはこうなっていた」ということしか言えません。よって、時期的な分類はあくまでも目安だとご理解ください。

ノルマン人征服によるフランス語の普及

さて、古英語の変化と並行して、1066年にノルマンディー公 (Duke of Normandy) ウィリアム (William the Conqueror)イングランド王ウィリアム1世 (William I of England) として即位することで、アングロ・ノルマン語 (Anglo-Norman language) が社会の上層部を中心に普及していきます。アングロ・ノルマン語とは、ブリテン島で確立したフランス語のことですが、ここでは、以下「フランス語」という言い方で統一したいと思います。

ウィリアム1世はもちろん、そこからヘンリー4世 (Henry IV) にいたるまでの歴代王にとっても母国語であったフランス語は、王侯貴族の共通語となっていきます。フランスとの政略結婚もさかんに行われたこともその要因の1つだと言えます。

また、それまではラテン語のみが使われていた公文書などにもフランス語が使われるようになり、1215年にジョン王 (King John of England) が署名させられた大憲章 (Magna Carta) にも、ラテン語に加えてフランス語訳の文書が作成されています。こうして、王侯貴族の間だけでなく法律の分野でもフランス語が使われるようになります。記録にはラテン語が使われましたが、法廷でのやりとりにはすべてフランス語が使われました。

では、「英語」はどこで使われていたのかというと、そうです、庶民の間で使われていたのが英語だったのです。それでも、フランス語を習得し使おうという動きがさかんで、学校教育のシステムや法律関係、さらには、ヨーロッパ大陸と交易を行っていた中流クラスの商人もフランス語を使っていました。また、当時は主にラテン語が使われていた教会のなかにも、一般人とのコミュニケーションにフランス語を用いるところもあったようです。

こういったフランス語の普及によって、多くのフランス語が英語の語彙に組み込まれていきます。フランス語源の語彙については、単語たちの共存を参照ください。

フランス語から英語へ

王侯貴族をはじめ社会の上層部の公用語だったフランス語も、14世紀終盤には、英語にその地位をゆずるようになります。13世紀になると、フランスとの政略結婚も少なくなり、英国貴族との間の結婚が増えてきました。さらに、百年戦争 (Hundred Years' War) が勃発すると、フランス語は敵の言語とされ、代わって英語の重要性が認識されるようになります。

そして、1362年には、法廷や議会での言語は「英語」とするという法令が可決され、エドワード3世 (Edward III) により、初めて議会の開会宣言が英語で行われました。さらに、1385年ごろまでには、学校の教育も英語で行われるようになります。

さらに、1367年に即位したヘンリー4世 (Henry IV) は、最初に英語で宣誓を行ったイングランド王であり、その息子のヘンリー5世 (Henry V) は英語で記録を残した最初の王だと言われています。15世紀になると、フランス語は完全に「第二言語」として位置づけられるようになっていきますが、法律の分野においては、「法律の専門用語」としてのフランス語が存続し、それが完全に廃止されたのは18世紀になってからでした。