Last update November 8, 2018
こんなに違う古英語の文法 (1)
自由な語順
まず、わかりやすいところから始めましょう。学校文法で習った「SVO」というルールを思い出してください。SVO とはもちろん Subject Verb Object――つまり、「主語+動詞+目的語」という構文のことですね。言い換えれば、この語順が固定されているというのが英語の特徴です。
たとえば、次のような文章があるとします。
The man saw the messenger. |
|その男は|その使いの者を|見た|。 |
これを SVO に当てはめると、the man が主語 (S)、saw が動詞 (V)、the messenger が目的語 (O) となります。
では、ちょっと試しに少し語順を変えてみましょう。S と O を入れ替えて、OVS の順番にしてみましょう。
The messenger saw the man. |
|その使いの者は|その男を|見た|。 |
当然のことながら、ちょっと意味が違ってきますね。では、VOS はどうか?――なんだかよくわからない文章になりますね。
Saw the messenger the man. |
|その使いの者|その男|見た|。 |
以上のように、現代の英語は語順が「命」なのです。
ところが、古英語では、日本語と同じように、
a) その男は|その使いの者を|見た|。
b) その使いの者を|その男は|見た|。
c) 見た|その使いの者を|その男は|。
d) 見た|その男は|その使いの者を|。
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というふうな語順の並べ替えをしても意味が変わらないのです。
その種明かしとなるのが、格 (case) 変化という名詞の語尾変化です。簡単に言ってしまえば、日本語で語順が自由なのは、「男は」、「使いの者を」という「てにをは」がついているからですね。専門的な文法の理屈は違いますが、古英語でも同じようなことが起きているわけです。つまり…
日本語 |
古英語 |
男は |
guma |
使いの者を |
bodan |
となるわけです。古英語では語彙も現代と大きく異なり、man は guma、messenger は boda という単語を使っています。ちなみに、この2つの単語を逆にして「男を」、「使いの者は」にすると、
日本語 |
古英語 |
男を |
guman |
使いの者は |
boda |
となります。微妙に語尾が変わっているのがわかりますね。つまり、「男は」であれば guma、「男を」であれば guman と変わっています。
というわけで、「その男はその使いの者を見た」と「その使いの者はその男を見た」という2種類の文章を古英語で表現してみましょう。一部見慣れない文字も混ざっていると思いますが、古英語のアルファベットの文字です(詳しくは古英語のアルファベットを参照)。
日本語 |
古英語/現代英語 |
男 |
guma (man)(男性名詞) |
使いの者 |
boda (messenger)(男性名詞) |
それ(定冠詞) |
se(「~は、が」につく定冠詞の男性名詞単数形)
þone(「~を」につく定冠詞の男性名詞単数形)
(the)
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a) その男はその使いの者を見た。
b) その使いの者をその男は見た。
c) 見た、その使いの者をその男は。
d) 見た、その男はその使いの者を。
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a) Se guma geseah þone bodan.
b) Þone bodan geseah se guma.
c) Geseah þone bodan se guma.
d) Geseah se guma þone bodan.
(The man saw the messenger.)
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a) その使いの者はその男を見た。
b) その男をその使いの者は見た。
c) 見た、その男をその使いの者は。
d) 見た、その使いの者はその男を。
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a) Se boda geseah þone guman.
b) Þone guman geseah se boda.
c) Geseah þone guman se boda.
d) Geseah se boda þone guman.
(The messenger saw the man.)
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というふうになります。「男は」という意味では guma(実際には語尾変化はしていませんが)となり、「男を」というときは guman となるわけです。これが格変化なのです。
「~は、が」といった主語になるような格を「主格」(nominative) といい、「~を」のような目的語になる格を「対格」(accusative) と呼んでいます。ちなみに、古英語の格には、「主格」、「対格」の他に、「属格」(genitive)、「与格」(dative)、「具格」(instrumental) の合わせて5つの格(ただし「具格」は古英語期にはほとんど使われなくなっていたので、実質的には4つ)がありました。
ところでもう1つ、お気づきだと思いますが、変化するのは名詞だけではありません。それにつく冠詞や形容詞もいっしょに変化するわけです。名詞の格や名詞の性 (grammatical gender)、単数か複数かに合わせて冠詞や形容詞も変化するというわけです。
では、実際に、古英語における「その男」という部分 (the man) を定冠詞もいっしょに格変化させてみましょう。ただし下のパターン例はあくまでも一例であり、その他、名詞の種類におうじて異なる変化のパターンがあります。
例:the guma 「その男」
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-- |
単数 |
複数 |
主格:「~は、~が」(主語を表す名詞形) |
se guma 「男は(が)」 |
þá guman 「男たちは(が)」 |
対格:「~を」(直接目的を表す名詞形) |
þone guman 「男を」 |
þá guman 「男たちを」 |
属格:「~の」(所有を表す名詞形) |
þæs guman 「男の」 |
þára gumena 「男たちの」 |
与格:「~に、~のために、~にとって」(間接目的を表す名詞形) |
þæm guman 「男に」 |
þæm gumum 「男たちに」 |
こういった格変化のおかげで語順が変わっても意味が通じるわけです。ただし、これはあくまでも可能性のことを言っているわけで、古英語では語順が自由奔放だったというのではなく、動詞が二番目にくるような文章表現が一般的でした。
また、日本語の「てにをは」に考え方は似ていますが、文法上の分類としては、日本語と古英語はまったく異なります。古英語のような特徴を屈折言語 (fusional language; inflected language) といいますが、日本語は、「てにをは」のような要素を膠のようにくっつけることから膠着言語 (agglutinative language) と呼ばれています。
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