Last update August 23, 2019

自分のレベルを知る (1)



あなたのレベルは?

英会話学校などに通うと、その学校独自のランキングがあって自分のレベルというのを判断してくれるようです。筆者は英会話学校に通った経験がないのでわかりませんが、聞くところによると複雑で細かいレベル分けがあるということです。テストや面接なんかで決めるのだと思われますが、人によっては、本番に強い人、逆に弱い人もいるわけです。

本番になるとあがってしまって実力が出せないという人や、自分を実力以上に見せるハッタリやブラッフィングが得意な人もいます。もちろん、自分では実力を過大(過小)評価する場合もあり、客観的な判断が必要な場合もあるでしょう。しかし、普段いろんなカタチで英語に接している人や上達を意識している人であれば、自己評価で自分のレベルや苦手な箇所というのはある程度わかるのではないかと思います。

以下にある程度のレベルの目安を上げてみました。



ごく単純なレベル分けですが、だいたいこんなところに落ち着くのではないかと思われます。





英語アレルギー症候群

まず、最初の「英語アレルギー症候群」と名づけたセグメントですが、ここに該当するのは、文字どおり英語が嫌い、苦手、見たくもないといった人たちが入ります。そういう人たちが「そうか、自分のレベルはここか。じゃあ、しっかり勉強するぞ!」と思うかどうかは別ですが、仮に勉強するとすればどうなのかを想定しています。この層の人たちは、「英語」を学校の教科のひとつとしての認識が強すぎて、自分は英語がダメと決めつけている人が多いようです。「できないから」という先入観があるので、アルファベットを見ても拒否反応を示します。

したがって、読もうともしないし、その結果、英語が読めないということになります。「ペン」や「アップル」といった簡単な英語は知っていますが、スペルは pensilapul など怪しいものになってきます。ひょっとすると、英語の先生が嫌いだったとか、英語の時間にできなくて恥ずかしい思いをしたといった経験があるのかもしれません。筆者なども、学校のころ苦手な教科の嫌いな先生というのがいましたし、何十年経った今でも決して「良い」思い出ではありません。しかし、先生も人間、そりゃやる気のない生徒よりやる気のある優秀な生徒のほうが好きなのは当然でしょう。自分の教えることをそれだけ認めてくれていることになるわけですから。

もし、こういった原因がある場合はまず、英語を教科としてとらえるのをやめることです。そしてあらためて、英語は言語、ひいてはコミュニケーションの手段ととらえることです。日本人でも国語が苦手だったという人もいるはずですが、そういう人が日本語を話せないということはありません。つまり、学校で教科になっている「国語」と日常コミュニケーションの手段として使っている「国語」とは違うわけです。英語に関しても、まずそういった認識をすることが大事でしょう。

学校の英語が苦手だった人も得意だった人も、そばに外国人がいるときは英語でコミュニケーションする――ということが自然にできれば理想的です。もちろん、外国人は英語を話す人ばかりではないということもありますが、国際的な場では英語が使われることが多いわけです。共通語としての英語の必要性を認めないわけにはいきませんね。

むしろ今後は、「国際的」などという言葉自体が死語になっていくかもしれません。国境などは、言ってみれば「県境い」のような感覚になり、地球人であれば当然英語は話せる、英語はもはや「外国語」ではなく、「第二母国語」のような位置づけになるのが望ましいのではないかと思います。ですから、このセグメントの人も、自分のなかにドンと腰を据えている英語の認識を一度「リセット」して、コミュニケーションツールとしての位置づけからスタートするのがいいと思います。まず、「やってみよう」という気持ち、これが、この層の人たちにとって必要なことだと思われます。そこから次のステップである「日常会話予備群」をめざすのです。

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