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中英語期 (Middle English) |
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| 中英語期(1100〜1500) |
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1066年、ノルマン人 (Normans) が侵攻、ウィリアム1世 (William I) がイングランド王としてノルマン朝 (the Norman Dynasty) を開きます。ノルマン人というのは「北の人」 (Northman) の意味で、8世紀にイングランドへ侵攻してきたヴァイキング (Vikings) の一派であり、9世紀からノルマンディー地方に定住、11世紀までに言語、宗教、習慣ともフランス化したと言われます。 このノルマン人によって、彼らの言語であるフランス語がもたらされることになります。ウィリアム1世は、権力の要職にフランス語を母国語とする人々を登用したため、政治、法律などの公式な場ではもっぱらフランス語が使用されることになり、その結果、おびただしい量のフランス語が英語に取り入れられました。「中英語期」 (Middle English) というのは、このノルマン人支配の後1100年〜1500年頃を指して呼ばれます。 その後1154年には、ヘンリー2世 (Henry II of England) が即位、プランタジネット (the Plantagenet Dynasty; the House of Plantagenet) 王朝が始まります。 1204年、ジョン王 (John of England) の失敗によってノルマンディーの領地を失うという事態が発生し、その地に領土を多く所有していた貴族たちの反発を招くことになりました。その結果、ジョン王は大憲章に調印させられることになります。 一方で、英国とフランスの関係も悪化し、両者は次第に敵意を抱くようになり、百年戦争 (the Hundred Years' War) (1337年)へと発展していきます。それと同時に、イングランドにおけるフランス語の地位も弱まり、英語への関心が高まっていきました。エドワード1世 (Edward I of England) (1272〜1307年)の即位後、それまでフランス語が公式言語だった議会や法廷などでも英語が使われるようになり、13世紀後半には貴族の間でも英語が重要視されるようになってきました。1362年には議会の開会宣言が初めて英語でなされ、1425年ごろには文書、会話においてもほぼ全般的に英語が使用されるようになります。 その他、この時期に特筆すべきこととして、1160年代〜1210年代にかけて大学教育がさかんになり、オックスフォード (Oxford)、ケンブリッジ (Cambridge) 大学の基礎が築かれました。1476年にはカクストン (Caxton) によるイングランド最初の印刷が始められ、英語の形成に影響を与えました。 また、古英語で見られた æ、 ð、 þ などのスペルは姿を消し、古英語に見られた動詞の語尾変化などもなくなり、現代の形に近いものになる他、発音においても大母音推移 (Great Vowel Shift) が起こるなど、近代英語への基盤が出来上がりました。 |
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フランス語の影響フランス語の影響が顕著になってきたのは13世紀に入ってからで、法律、行政分野の根幹となる用語が多く借入されているのをはじめ、医学や芸術、装飾に関する用語、日常語も含まれ、ざっと1万語にものぼると言われています。 また、フランス語と接触することで本来の英語にあった名詞の語尾変化が無くなり、その結果、古英語に見られた語順の柔軟性が失われます。(参照:古英語の特徴―語順について) もし、フランス語との出会いが無ければ、英語も今のドイツ語のように複雑な格変化を持つ言語になっていたことでしょう。 |
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ラテン語の影響 |
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14世紀〜15世紀のあいだに直接または間接的(フランス語を介して)に英語に取り入れられたラテン語も多く、フランス語と合間って近代英語の語彙を形成しています。1384年にジョン・ウィクリフ (John Wycliffe) によって、ラテン語から英語への聖書の翻訳が完成し、それによって1000語もの単語が導入されています。
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英、仏、ラテン語の共存フランス語、ラテン語の導入の結果、当然のことながら同じ意味の英語とぶつかることになります。このように借入語と本来語が衝突した場合、あるものは消滅して借入語にとって変られ、あるものは借入語を制圧して生き残り、あるものはニュアンスの違いを持たせながら借入語と共存するという方向性をたどります。
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