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Last update November 8, 2018

北の国の民族ゲルマン人 (1)

西ヨーロッパを形成した人々

ケルト人 (Celts)ラテン人を含むイタリック人 (Italics)、そしてゲルマン人 (Germans)――これで、ヨーロッパの歴史に登場する3大民族がそろったわけですが、なかでも中世から現代にいたるまでの西ヨーロッパを形成するうえで、最大の影響を与えたのがゲルマン民族だと言えるでしょう。ちなみに、現代のヨーロッパの国々をみても、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、アイスランド、ドイツ、オーストリア、北イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、北部・中部フランス、スコットランドのローランド地方、イギリスなど、多くのゲルマン民族の末裔まつえいと呼ばれる人々が住んでいます。

古代はケルト人やラテン人の活躍する時代でしたが、いわゆるゲルマン民族大移動 (Migration Period; Barbarian Invation) によって、ヨーロッパは中世の時代に入っていきます。ブリテン島にやってきたアングロ・サクソン人 (Anglo-Saxons) もゲルマン民族の一派であり、フランスの前身であるフランク王国 (Francia) を建てたフランク人 (Franks) も、8世紀ごろから西ヨーロッパ沿岸を襲撃したヴァイキング (Vikings) もみなゲルマン人なのです。

そして、ゲルマン民族が話していた言語がゲルマン語であり、私たちが学習している英語も、元をたどればゲルマン語から発展した言語です。そう考えると、最も親近感を感じるのがゲルマン人かもしれませんね。

ゲルマン人のルーツ

前述のように、ヨーロッパの古代史を形成した主な民族が、ケルト人、ラテン人(イタリック人)、ゲルマン人であるわけですが、この3つの民族はもともとインド・ヨーロッパ語 (Indo-European languages) を話す同じ民族です。その人々のうち、西側の内陸部に移動したのがケルト人で、イタリア半島に移住したのがイタリック人、そして、北ヨーロッパへと移住した人々がゲルマン人というわけです。

ゲルマン人の直接のルーツである原始ゲルマン人 (Proto-Germanic) が登場したのは、紀元前1700年~500年ごろの北欧の青銅器時代 (Nordic Bronze Age) の南スカンジナビアで、戦斧せんぷ文化 (Battle Axe culture) と呼ばれる文化を持っていました。そして、鉄器時代 (Iron Age) になると、分派したさまざまなゲルマン部族が南下を始めます。先に住んでいたケルト人を追い出しながら、より住みやすい地を求めて南へと移動し、古代ローマとも対立するようになっていきます。

ちなみに、Germani という言葉の語源ですが、ケルト語の一派であるガリア語 (Gaulish)ger (= near) 「近くの」と mani (=men) 「人々」という意味から来たのではないかという説があります。これ以外にも、「騒がしい」という意味の garm; gairm というケルト語や、ゲルマン語源の gēr-manni (= spear men) 「槍を持つ人々」が語源ではないかという説もありますが、いずれも発音的に無理があるようです。

さて、「ゲルマン人」を意味するゲルマニ (Germani) という言葉が歴史に登場するのは、ローマ共和制 (Roman Republic) の時代のジュリアス・シーザー (Julius Caesar) によって紹介されてからです。シーザーによると、おおよそライン川 (the Rhine) の東、ドナウ川 (the Danube) の北の地域をゲルマニア (Germania) と呼び、そこに住んでいた人々をゲルマン人と呼んでいたようです。ゲルマニアとは、現在のドイツ、ポーランド、チェコ、スロバキア、デンマークとほぼ重なる一帯を指しています。そして、その西側にはケルト人の一派であるガリア人 (Gauls) が住んでおり、これがローマ時代の民族の勢力地図だったのです。